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24生還、その代償は


時は一定のリズムを乱す事はない。
例え幸せでも、残酷でも等しく平等に世界を回す。

人気のない小さな海辺を、淡い影がふわふわと舞う。
さざ波が歌うのは希望の詩か、終焉か。
彼女はただ静かに、来るべき刻を待っていた。


「さあ、早く来て……。世界が終わる、その前に。」


彼を……迎えにきてあげて。

空に懸けた儚い願い。
間もなくそれは叶えられ、仲間達は再びこの地でまみえる。

***

「あの…すみません。ちょっとお尋ねしたいんですが。」
「ほい。こんにちは、べっぴんさん。何か御用かな?」
「ええ。あの…ミディール、という村はこちらでいいんでしょうか?」


集落の入り口で座り込んでいる老人にティファはしゃがんで声を掛けた。控えめで丁寧な仕草を見せる彼女に老人は朗らかに微笑み返し、その問いに首を縦に振る。


「そうじゃよ。ここはミディール。のどかな温泉村じゃ。」


老人の口から得られた肯定の言葉にティファは表情を綻ばせた。様々な場所を巡って、南の島ミディールにようやく辿り着いた。聞いた話ではここが最もライフストリームの吹き出す位置から近いとされている。
僅かな希望に掛けて、探しに探して最後に足を運んだ場所。

ここに…ここに、もしかしたら生きていればクラウドが。緊張で自然と胸が高鳴る。
何とか平静を装っていたが、ティファの胸は期待と不安でいっぱいだった。


「…そうですか。あの、では…もう一つお聞きしたいんですが……」


最近ここに漂流者や、外から来た人はいませんか?

赤いマントが吹き抜ける風に音をたてて揺らめく。ヴィンセントは一人、村の桟橋から海を眺めていた。

“膨らみ過ぎた希望は絶望の裏返し。大きすぎる愛はお前を打ちのめす事になるかもしれない……”

いつだったか…飛空艇でティファに、掛けた言葉。そうなる事を願っていたわけではないのに。与えられた結果は想像以上に残酷なものだった。
奇跡的にミディールの地で見つかったクラウド。生きていた。それだけで喜ばしいはずだったが、目の当たりにしたクラウドの姿には言葉で形容出来ない程深刻だった。魔晄中毒に犯され、口も聞けず、周りにいる者すら分からなくなってしまった彼の姿。とてもついこの間まで共に旅をしていた戦士とは思えなかった。
車椅子に座らされている彼の膝で泣き崩れたティファ。その光景を見て、ヴィンセントはそっと診療所を後にした。


「……可哀想になあ…。」


ふわり、と紫煙の香を漂わせて靴音が木の板を渡ってくる。ヴィンセントは意識をそちらに向けると伏し目がちに彼を見遣った。


「…ティファは?」
「ようやくちっと落ち着いてきた。今は、バレットが見てらぁ。」


ブーツの歩く音が隣で止まる。僅かばかりの沈黙。男はヴィンセントの横で暫し手持ち無沙汰に煙草を吹かし、再び話を切り出した。


「……お前はよ。大空洞にいたあのお嬢ちゃんが気になるんじゃねぇの?」
「……シド。私は…」
「いいじゃねえか。あいつらだってクラウド、クラウド言ってんだからよ。大事な奴なんだろ?」


シドの言葉に、ヴィンセントは僅かに肩を上下させる。空を舞う鳥の鳴き声が一際大きく響いた気がした。
ヴィンセントは沈黙した後、静かに視線を眼下へ落とす。


「……流れ着いたのは、一人だけ。あの医師は……そう、言っていた。」
「そうかぁ?ンの割にはクラウドのバスターの横に、もう一本見たことある剣が置いてあったぜ?」
「…!……シド…、………」


ヴィンセントはそれに思わず弾かれたよう顔を上げた。確かに、彼の言葉は正しかった。だが、気付いていたのは自分だけ。そう…思っていた。
困惑の色を示す彼を見遣ると、シドは当然だと言わんばかりに鼻で笑う。


「…他の連中はクラウドに夢中で気付かなかったみてえだがな。あのクラウドでさえ、ああなんだ。例え意識がはっきりしてたって嬢ちゃんもまだそう遠くへは行けねえ身体だろうよ。」
「…………。」
「探しに行けよ。ヴィンセント。…何なら、あの医者締め上げんの手伝ってやろうか?」


真摯な声の中に冗談を混じらせるシドにヴィンセントは幾分、表情を柔らげて苦笑した。吹き抜ける風にマントが揺らめく。ヴィンセントは頬に掛かる髪を払い、ため息をついた。


「……。こんな事……あんたには馬鹿馬鹿しいかもしれないが…」
「あん?」
「私は、彼女に会うのが怖いのだ。」


僅かに震える声で、吐露された言葉。ヴィンセントは軽く足を一歩踏み出し、遠い目で過去に想いを馳せる。


「彼女は私を罪の意識で視ている。私がどれだけ救いたいと思っても、今の私の存在自体が彼女を責めているのだ。」


それに、仮に彼女がここに居るとしてその存在を伏せているという事は訪れる人間を拒絶しているという事。なら……無理に会わない方が良いのではないか。悲しい思いをさせるだけなら…このままそっと。

そっと…気付かない振りをして――――――。


「――――っとに、馬鹿だな。お前はよ。」


ふと、その思考を遮るようにシドが声を張った。
ヴィンセントが振り向くと彼はじれったそうに頭を掻き、ヴィンセントの胸にぐいと指を押し当てる。


「お前はよ…、やる前からあれこれ考え過ぎなんだよ!死んでたかもしれねェやつが生きてたんだぞ?会いたいから、会いに行く。それ以上の理由が、今、必要か?」
「……………。」
「発つのは、明日の朝にしてやる。それまでにやる事やっとけ、クソッタレ!!」


そうして、シドは彼を一喝するとズカズカと来た道を戻って行った。


「ヒスイリア…。」


君の手を取りたい。
君を隣に感じる事が出来たならそれは何よりも喜ばしいこと。ヴィンセントは、自分の掌を憂いげに見つめ…それを固く握りしめた。

***

「ったく、あいつはよぉ…。」


シドは、ミディールから飛空艇までの道のりを歩きながらブツブツと独り言を漏らしていた。途中、現れるモンスターを八つ当たり気味に片っ端から薙ぎ倒す。彼女とヴィンセントの関係を詳しく知り得るわけではない。だが、大空洞で彼女を助けようとしたヴィンセントから彼がヒスイリアという少女を特別に思っているのは歴然だった。


『そんなにその嬢ちゃん、大事なヤツなのかよ。』
『……ああ…。今の私の何よりも。』


ぐったりした小柄な身体を抱きながら、普段、必要以上に言葉を発しない彼がはっきりそう述べていた。


「…本当は会いたくてたまんねー癖に。」


その時の情景を思い出して、更にシドは苛立ちが募る。するとどこかで道を外れたか。森を抜けた先は飛空艇のある草原ではなく…寂れた小さな海岸線だった。


「…マジかよ。あ゛ぁ…ついてねえ。」


小さく舌打ちをし、引き返そうと踵を返す。
その、瞬間だった。風に舞う薄い色のショールがシドの足下にふわりと落ちた。
飛んできたそれを拾い上げ、砂を払う。見た所、女物で汚れのない綺麗なものだった。


「…こんなとこに誰かいやがんのか?」


彼は首を傾げつつ、砂浜に足を踏み入れる。見渡した視線の先。そこでシドは岩に寄り掛かる人影を見つけた。裾の広いワンピースからは白い足が伸びている。恐らく、これは彼女のものだろう。
シドは彼女に近付いていくと、上から女性を見下ろした。


「……おい、アンタ。これ…、――――!」


飛び込んできた姿に、声が止まる。
規則正しく上下している胸。長い髪が、肩口から零れて潮風に揺れた。シドはそっと膝をつくと、確かめるよう反応のない彼女の顔を正面から覗き込む。


「………こい…つ………。」


打ち寄せる波が、他に誰もいない浜辺に静かに響く。むき出しの肩にショールを掛けてやりながら、シドは複雑な表情を浮かべた。

蒼銀の髪。血色の良かった肌。
かつてヒスイリア=フェアが持っていた様々な特徴。
それらを全て失ったかのように、目の前で眠る彼女はただ雪のように白かった。
―――――――――――
2014 02 15改訂版up

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