無味無臭 | ナノ





「うちの大事なチームメイト、誑かさんといてくれへんかなぁ」

そう言われたこと、そのトーン、一つ一つの言葉のイントネーション、なによりそこに含まれた悪意を、私は中学時代のどんな記憶よりも鮮明に、脳裏に再現することができる。

謙也にふられてからの半年間、クラスメートたちはみな、おんなじ顔をしていた。かわいそうな名前、って。眉頭のあたりに同情を込めて、とろんとした目つきをして、それはそれはもうわざとらしいくらい、私の前でテニス部の話題を出さないよう努めた。「名前、お昼食べよー」それまで特に仲良くしてもいなかった少し目立つ女子グループが、私を誘うようになったのもこの頃だ。彼らはみな嬉しそうだった。嬉しそうに目を細めて、私に手を差し伸べた。

不思議なことに、皆が私の不幸を喜んでいたようだった。

シライシがあの日、私の前に現れてからというもの。彼はことあるごとに私に話しかけ、まとわりつき、タイミングさえ合えば謙也と引き合わせようとした。私は満更でもなかったから、シライシの好きなようにさせておいた。だって面白かったのだ。『かわいそうな名前』に優しくしていた女の子たちが、私の隣を歩くシライシを見た瞬間、大きく目を見開いて、それからすぐに、引きつった笑顔で私を見つめるものだから。その瞬間だけ、私は確かに四天宝寺の頂点にいた。

一番喜んでいたのは私かもしれない。

『かわいそう』でなくなった私は用無しらしく、彼らの温情ーー私にとっては無用の長物ーーは、すぐに消えさることになった。そのかわり、私の身体は無数の視線に晒された、直接何かしてくることはないけれど、そのうち内臓を抉られるんじゃないかという気分にさせる、鋭利な視線たちに。それでも裏で身勝手な優越感を抱かれるより、隠すつもりもないのだろう悪意を浴びる方がずっとましだった。

正直に言おう、私は楽しんでいた。有頂天でさえあった。

だから彼(彼女?)にそう言われたときも、もちろん驚きはしたけれど、それで傷ついたりするような繊細さは残っていなかった。それどころか、私はますます面白くなってしまった。

私が誑かしているように見えるのか。
シライシと謙也を、私が。
シライシなんて、彼女持ちなのに。
謙也になんて、ふられたのに。

かわいそうなわたし。

自然と、自分の唇が三日月型に歪むのがわかった。向こうはそれをどう取ったのか、瞬きさえせず能面のような顔をしていた。こんな表情もできるのか、と、しげしげ学園の有名人の顔を覗き込んだのを覚えている。

「金色くん、あなた本当に、私が誑かしてると思うの?」

彼は依然として無表情のままだったけれど、瞳には苛立ちのようなものがちらついていた。だから私はなるべく下びた響きに聞こえるよう努力して、その言葉を発音した。覚えている。鮮明に。

「逆よ、逆。誑かされているのは私」

泣きそうな声だった。

2015/08/24

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