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【それは一体幸か不幸か? 05 】
野球部のマネージャーともなると帰りはいつも遅い。
試合前になると8時、9時もざらにあるから帰りはもっと遅くなる。
女の子なら心配するところだし、山本の人気ぶりも凄まじいし、ってところで女子にマネージャーを頼まなかったのは正解だと思う。
・・・まぁ、おれはおれで男子の平均以下の体力だからキツイんだけどな。今更体力付けるのも無理だ。
そんなおれが毎日欠かさないことが一つだけある。
「――マスター、出来ました」
「ああ、良いな」
目尻に深い皺を刻んで微笑んだマスターに、おれはホッと息を吐いた。
時刻は8時近く、所は満幸が用意しておれが住んでいるアパートからほど近い喫茶店、おれはその店のマスターからコーヒーの淹れ方を習っていた。
別に将来店を開きたいわけじゃない。
ただおれがマスターのコーヒーに惚れ込んで、自分でもこんなコーヒーを淹れたいと思って、頼み込んだらあっさりと許可が下りただけ。
・・・正直、個人的な理由でこんな遅くまで付き合ってもらっているのは心苦しい。
喫茶店を閉めた後の一時間だけとはいえ、マスターの大切な時間をもらって、マスターの仕事道具まで使わせてもらっているんだ。
だから代わりにはならないけど、無理言って閉店後の店内の掃除と野球部の練習が無い日のお手伝いをさせてもらっている。
中学生でなければバイトしてお金払うのに・・・!
「春幸飲み込みが早いな。もう十分店に出せるぞ」
「褒め過ぎです」
「そんなことはない」
いやいやいや、マスターに比べたら他人様に出せるようなモンじゃないですって・・・!
くつくつとダンディに笑うマスターを前に、おれは心の中で盛大に叫ぶ。
マスターのコーヒーは本当に絶品なんだ! 店が小さいからあまり知られてないけど、通を唸らせる隠れた名店なんだぞ!
「せっかくだ、お客さんにも試飲してもらおう」
「(えええぇぇっ!!?)いえ、そんな、お客さんになんて・・・」
「なら、オレが試飲してやる」
湧いて出たような甲高い声に、おれは慌ててカウンターを見た。
そこにはいつの間に(閉店したのに)潜り込んでいたのか、そして身長的にも椅子に届かないはずなのに、黒いスーツに黒いボルサリーノを被った赤ん坊が座っていた。
ニヒルな笑みを浮かべて。
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