おかえり、太陽











「今度の日曜、最近発見された遺跡の調査があるんだ」

「へえ! 遺跡の調査だなんてうらやましいです!」

「それが、レミがその日は忙しいらしくてね。そこで、良かったらエレン、来てくれないかな?」

「えっ、私でいいんですか!?」

「ああ。君ほどの知識と関心があれば問題ないよ」

エレンに思わぬ幸運が訪れた。
憧れのエルシャール先輩と、大好きな遺跡の調査をすることが出来るのだ。

「そんな、夢みたいです!」

「ふふ、君は後輩の中でも特に考古学に興味を持っていたからね。博物館の学芸員なんか向いてるんじゃないかい?」

「えっ、ありがとうございます! 目指してみます!」

「楽しみにしているよ」

素直すぎるエレンに思わず、レイトンは微笑んだ。

エレンはカバンを手に持ち、コートを腕にかけ、帰り支度を始めて立ち上がる。

「「今度の日曜日、」」

重なった声に、2人はあっと声を止める。
そうして、数瞬が過ぎて。ふふっと笑って。

「…楽しみにしてますね」

「…私も同じことを言おうと思ってたよ」

穏やかな時間に目を細めて。
エレンは先輩の研究室を後にしたのだった。


まさかその日曜日。
このような悲劇が起こるなど、誰が予想できただろうか。



遺跡の脇には、穏やかな川があった。
発掘を進めるうち、エレンはその川に知らず知らず足を浸し、そして。

「きゃあ!?」

「エレン!?」

川底の丸い石に足を滑らせたエレンは、横から川に倒れこんだ。
川が、表情を変える。

穏やかに見えた流れは見る間にエレンの体をさらい。なす術もなく、エレンは押し流された。

「だ、誰かっ!」

手を伸ばすも、駆け寄ったレイトンにわずかに届かず。

水を飲み、視界も揺らぎ、体が沈み。
意識もすぐに、川の底へと沈んで行った…。



○*○*○*○




発掘された出土品を眺めていたレイトン。

「きゃあ!?」

「エレン!?」

突如上がった叫び声に、彼女の名を呼ぶ。
目に入ったのは、水に押し流されようとしているエレンの姿。

出土品を置いて駆け出す。

「だ、誰かっ!」

伸ばされた手。なにを考える暇もなく、自分も手を伸ばす。

ほんのわずかに届かずに、川が彼女を押し流す。

「…!」

思いのほか早いスピードで流されながら、彼女が沈んで行く。

「エレン!」

「無茶だ!」

駆け出そうとするも、誰かに腕を掴まれる。
同僚であるキャメロン教授だった。

「…離していただけませんか」

エレンが流されていく。

「ダメだ、この川は危ない。大きな岩がいくつもあって、流されればどこかで身を打つ。今の様子では助かる見込みはありません」

「…助からないと決まったわけでもないでしょう。まだ彼女は生きている」

レイトンは冷静に答えた。
焦ってうまくいくことなどないと、この時はまだわかっていた。

「しかし教授の身になにかあれば、」

「彼女ならば犠牲になっても良いとおっしゃるのですか」

「…2人も犠牲になることはない。それだけのことです」

エレンは、もうかなり遠くまで流されている。
レイトンは眉を寄せた。

「危険は承知です。…どうか、手を離してください」

「……………なぜそこまでこだわるのです? 彼女はいったい、あなたの何だ?」

「命を救うことに理由が必要ですか!」

答えにならぬ答えを聞いて、手を緩めるキャメロン。

レイトンは走った。
川の流れを追い越して 、林に分け入る。

エレンに追いつく。そして、上着を脱ぎ捨て、急流の中へ身を投じた。先へ進めば進むほど深くなるこの川の水深は、すでにレイトンの身丈を越えている。その危険の中へ、潜り込んだ。帽子はその場に置いて。

彼女はすでに気を失っていた。栗色の髪が流れに揺られている。
流れてくるエレンをしっかりと抱きとめて浮上し、陸へ上がった。

「エレン、聞こえるかい」

ぐったりとしたその体を地面に横たえ、肩を叩く。返事はない。

脈は微弱ながら感じられるものの、やはり呼吸をしていない。

確か溺れた時には水を吐かせるより先に人工呼吸をしなければならなかったはず。

「エレン…」

レイトンは返事をしないエレンの顎を上向きに気道を確保し、鼻をふさぐと、機能を停止しているその肺へと空気を送り込んだ。

吐く息に合わせ、エレンの胸が上下する。
このまま、このリズムで呼吸が戻れば。

息を漏らさないよう、その青紫の唇をぴったりと塞ぐ。

(エレン…!)


『先輩』

『ん?』

『好きですよ』

『ああ、私もだよ』


彼女の笑顔を思い出す。
大学時代から変わらない、ふわりと花が咲くような笑顔。

指先から伝わる体温は冷たい。

あの陽だまりのような温もりはどこにも、ない。

迫り来る死の感触。
脈がさらに微弱になる。

(エレン)

(私はまた失うのだろうか)


もう、もう二度と、

こんな思いはしたくないと願ったのに。


(エレン!!!)


肺の中の空気を祈るような思いで吐き出す。


刹那。

ごぼっ

エレンが水を吐き、自発呼吸を始めた。

「!」

レイトンは吐き出された水を吐き、エレンの頬を叩く。

「エレン!?」

その、ヘイゼルの瞳がゆっくりと姿を現して。

「…ぇる、しゃ…る、せんぱ…い…?」

時折水を吐きながら、エレンが喋り出す。

「んっ…ゎた、し、生き…て?」

レイトンは微笑み、肩の力を抜いた。

「ああ。君は生きてる。生きているよ、ここに」

「ありが、とうございます…先輩」

少しずつ色の戻り始めた唇。
弱々しいが、あの陽だまりのような笑顔。

「戻って、病院へ行こう。すぐに良くなるよ」

そう言って冷たい体を抱き上げる。

「先輩…」

エレンと目が合う。

「?」

「…わたし、浮いてる…」

「!? …ああ、そうだね」

まだ頭がぼうっとしているのだろうか。
エレンは力ない笑顔でおかしなことを言う。

息を吹き返したとはいえ、油断は禁物。
数歩先に置いてきた上着を拾い上げ、彼女にかけてやる。
帽子も拾い上げ、かぶる。

しばらく歩くと、先ほどの発掘現場に出た。

「レイトン教授!!」

キャメロン教授が駆け寄る。

「すぐに車を出します。 最寄りの病院で良いですね?」

教授はエレンを見るなり、車の鍵を取り出して走り出す。

「はい、お願いします!」

ひとまずここのことは、他の人たちに頼んだ。
キャメロン教授が車で戻ってくる。

「乗ってください!」

「ありがとうございます」

後部座席にエレンを抱えて乗り込むと、教授がドアを閉めた。

車が再び走り出す。

「それにしてもお二人とも助かって本当に良かったですよ」

キャメロン教授が言う。

「…ええ、運が良かったのかもしれませんね」

帽子をおさえて笑い、腕の中のエレンを見る。
エレンは目が合うと、また笑った。

幼児のような笑顔だ。
陽だまりで咲く花のような、力ないけれど可憐な。

クレアのように落ち着いてはいないし、レミのように力強くもない。

そう、ルークと同じ類の笑顔だ。

3つしか年は変わらないはずなのに、どうしてこうも幼いのだろう。

「教授、着きましたよ」

キャメロン教授が車のドアを開ける。

エレンを抱え直そうとすると、彼女は首を振った。

「もう、歩けます」

そう言って弱々しくも立ち上がり、車を降りる。

頼りないその肩を支えた。

「…無理をすることはないよ、エレン」


無理をしすぎる後輩に。

今は少し頼って欲しいと思う。


(当然さ、英国紳士としてはね)


「…はい、先輩」

エレンは大人しく肩を支えられて歩く。

キャメロン教授がふっと表情を緩め、先に受付へ話を通しに行った。

「…先輩、」

エレンが見上げてくる。

「なんだい?」

「すみません、発掘の邪魔をして…」

「ふふ、気にすることはないよ」

「後輩失格です…」

「そんなことはないさ。君は私の自慢の後輩だからね」

「…本当ですか?」

「英国紳士に二言はないよ」

そう言うと、エレンは嬉しそうに肩をすくめた。

「…学芸員」

「え?」

「博物館の学芸員、頑張りますね!」

「ああ…、」

本当に些細なことをよく覚えているなと感心しつつ、その目標の実現を願う。

「足を運ぶよ」

「ぜひ!」

エレンの笑顔。


どうか。

他愛もない会話が
どうかこれからも続くようにと願って。


(「…ルーク、危ないから川に近づいてはいけないよ」)
(「えっ、どうしたんですか先生! この間はいいって言ってたのに!」)



fin.




久々の教授夢でした!
お楽しみいただけたでしょうか?

私に医学的知識がないもので…Orz
学校で習ったことたぐり寄せたりネットで調べたりなので間違いだらけかと思いますがこれが私の限界です…。


今回めずらしく糖度高めでしたが、「いや無理」「いいかも」など感想いただけると嬉しいです!

私はありかなと思いながら書いてました。友達感覚の先輩後輩ですから、助けるのは自然で助けたいと思うのも自然かなあと。


「命を救うことに理由が必要ですか!」のシーン。
最初は「エレンは! …大切な、後輩です」っていうセリフでしたが、さすがになと思ってやめました。
どうでもいい制作秘話でした(笑)


ではでは、この長い駄文をあとがきまで読んでくださって、本当にありがとうございました!
あなたさまに、心からの感謝をこめて。


2012.9.17

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