社交辞令と赤ワイン
マリーはあるパーティに出席していた。
社長令嬢として。
「本日の来賓を紹介いたします…」
退屈と言えば違いないのだが、清楚なパーティドレスに身を包み、話が終わるまで来賓席でおとなしくしているしかない。
「…の社長令嬢、マリーさま」
拍手の中で軽くほほえみ、会釈をする。
来賓の紹介が続いていき、それが終わり、マリーもパーティ会場の華やかさの中へ混じる。
「いやあ、社長のご令嬢が、こんなきれいな方だとは」
「いえそんな。父がお世話になっております」
「これからもよろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
当たり障りのない会話。社交辞令の典型。
「マリーさまとお話ししたと、帰ったら同僚に自慢できるぞ」
なにか聞こえてくる。こちらに聞こえるように言っているのだろうか。
目があったので、軽くほほえみ返しておく。
少し疲れて、ワインに口をつけた。
「マリーさま、よろしいですか?」
礼のない人だ、と思った。
一口飲み下し、グラスをテーブルに置く。
目線は声を発した彼の方へ…行くよりも早く、肩に腕を回された。
「 ! 」
彼はテーブルに置いたグラスを上品につまみ上げ、液体を揺らした。
そして、耳元でささやかれる言葉。
「君がローズの口紅など珍しい」
「――! あ、あなたは…ッ」
デスコール!
声を上げようとしたところで、唇に人差し指が当てられた。
「…今宵は、君の父君の取引先の社員としてきたのだよ、」
彼はこちらを見て、にこりと笑って見せた。
「マドモアゼル」
一瞬彼が変装の達人であることを忘れ、唖然とした。
確かに父の取引先の姿をしていた。いつも交渉に来る彼の。
「は、離しなさいよ。怪しまれるわ」
「好都合だ。"彼"のイメージを崩せば、有利な取引ができるだろう?」
――…なんだ、あいつ…。社長のご令嬢に取り入るつもりか?
――まあ、これをばらせば、奴もただでは済むまい…。
「……聞こえるかい?」
「あ…」
なんて恐ろしい男だろう。敵に回したくないものだ。
しかし…。
「なんで、そこまでしてお父様の会社に肩入れを?」
「そこまでして…? いや、これはついでだ」
「ついで? なんの?」
「君の肩に腕を回していることのね」
「ッ」
「…予想通りの反応をしてくれるから、からかい甲斐があるというものだ。…君の父親の会社には世話になっているからな」
まあ一種の社交辞令だな。
彼はつまみ上げたグラスに口をつけ、深紅のワインを飲み干した。
「! …それ、私のよ」
「ああ、知っているさ」
にやり、と浮かべる笑みは、デスコールそのもので。
知らず、頭が熱くなる。
「…マリー、大いに脈が乱れているが大丈夫かい?」
「き、気のせいよ。お気になさらず」
「それに熱があるようだ。君はよく熱を出すな」
「だから気のせいよ!」
「…相変わらず、プライドの高いお嬢さんだ」
「何度目、よ…」
さらに強く肩を抱かれ、フッと笑う吐息さえ耳朶をくすぐる。
「緊張することはないさ」
言われるがまま、肩の力を少し落とすと、いきなり肩をつかまれて視界が90度回転した。
驚いて顔を上げる。彼ではない彼が、彼の笑みを浮かべた。
すっと指先で輪郭をなぞられ、思考が追いついたときには、彼の瞳がすぐ近くにあった。
「じゃ、ん」
彼は小さく首をかしげていて、呼びかけても目線が合うことはなかった。
しかし、彼は小さく笑って瞳を閉じた。
震えるまぶたを落とす。
静かに、唇が重なる。
耳が熱くなるのが分かった。彼がそっと離れても、顔を見ることすらできない。
頭が真っ白になり、胸が熱くなる。顔を見られたくなくて、彼の胸板に飛び込んだ。
彼は背中に腕を回し、抱き留めて、髪を撫でてくれた。
その彼の手があまりにも優しくて。
嬉しくて。
周りのざわめきもなにも、聞こえなかった。
後日、
いつも取引に来る彼が、謹慎処分を受けたと聞いた。
Fin.
紳士なデスコール。初々しい夢主。
いつまでたっても初めてみたいな反応をするからデスコールさんに笑われます。
間接キスとか肩を抱かれるとか、個人的な趣味ばっかりです…。
ごめんなさいoyz
毎度毎度の駄文におつきあいくださいまして、
ありがとうございました!
2011.9.2
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Professor Layton