零
その日、不思議な茶色い髪型の少年と形容できる人物が空港にいた。
その人物の名は零崎天識。
理由なく殺す殺し名第三位《零崎一賊》に所属する殺人鬼だ。
ジーンズにパーカーという軽装でリュックサックを片方の肩に掛けていた。
ひとしきり空港内を見学したあと、天識は搭乗口ゲートへと向かう。
行き先はイタリア。
もちろん旅行の目的に観光というのもまたかなり大きく占めていたが、それ以上若しくは同等くらいの割合でもう一つの目的があった。
それは、マフィアに会うことだった。
零崎天識は父親が単身赴任か何かであまり家にはいないだけのごくごく普通の家庭と思われる家庭に生まれた。
当然のように母親に愛され、あまり会うことはない父親にも愛されて育った。
彼が殺人鬼になるまでは。
理由は分からない。
天識がまだ沢田綱吉と名乗っていた頃に、彼は誘拐された。
そしてなにがきっかけだったのか、それともきっかけすらなかったのか、結果として誘拐犯達は全滅した。
それもただの一人の子供の手によって。
正確にはただの一人の生まれたばかりの殺人鬼によって。
その時、その殺人鬼の手には炎が宿っていた。
事が終わった後消えていた炎はその殺人鬼が助けに来てくれた父親とその仲間を殺してしまった時も、何とかして家に帰る際に人を殺してしまった時も、母親を殺してしまった時も現れることはなかった。
しかし、零崎天識という名を貰い何度となく死線をくぐる内にそれの使い方を学んでいった。
それが何なのか答えを出せないままに。
そうして今ようやく、その炎が何なのか知れそうなきっかけを掴めたのだ。
なんでもイタリアのマフィアを中心に天識の使う炎のようなものを使って殺し合っているらしいという情報を手にいれた。
だから今、零崎天識はイタリアへと向かう飛行機に乗っている。
既に日本を立ち暫く海の上をひたすらに進むのを椅子に座って待つだけだ。
そして、天識はまず寝ることに決めた。
それに理由なんてない。
ただ暇だと思い、することもなく、目を瞑った。
──そして、
何の兆しもなく、前兆もなく、前触れもなく、先触れもなく、予感もなく、暗示もなく、虫の知らせもなく、根拠もなく、拠り所もなく、頼りもなく、縁もなく、関係もなく、関わりもなく、繋がりもなく、脈絡もなく、筋道もなく、道理もなく、条理もなく、理もなく、道義もなく、
実にあっさりと
世界は壊れた。
零へと消え去った。
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