インターハイの夢をみる

捏造注意、CPなし

インターハイの夢をみる


「お前たち、うちの旅館に泊まりに来ないか?」

尽八がそんなことを言い出したのは、終業式を一週間後にひかえたある日のことだった。

「あ?んだよ突然?」
「突然ではない。前から考えていたのだ」

で、来るのか来ないのかどっちだ?と言う尽八の問いに、二人と顔を見合わせる。別に春休みに予定なんかないし、尽八の家が老舗旅館というのは以前から聞いていたので、興味もあった。

「面白そうだな。うん、行くよ」
「そうか!隼人は来てくれるのだな!で、お前たちはどうするのだ?」
「もちろん、寿一も靖友も行くよな」
「はァ?テメェなに勝手に…」
「そうだな、俺も行こう」
「福ちゃん!?」
「このハコガク自転車競技部を引っ張っていくメンバーだ。より仲を深めるいい機会となるだろう」
「いや福ちゃん、仲を深めるって学校でも部活でも四六時中いっしょにいんだぜ?」
「ふん。無粋だな荒北。それとこれとは話が別であろう!いいから黙ってうちに来い!」
「あァ!?」

なんだよエラソーに、と尽八に掴みかかる靖友をどうどうと抑える。わかってるよ靖友。本当はお前も行きたいのに、素直に行きたいって言えないんだよな。どうやってこの天の邪鬼を頷かせるか思考を巡らせていると、寿一が一歩前へ出た。

「荒北」
「…なんだよ」
「俺は強いチームを作る。今回、東堂の誘いに乗ることで、学校でみんなと過ごしているだけではわからない、お互いのもっと深くを知ることができるだろう。それはチームワークを強化し、強いチームへの原動力となる。お前はアシストとして他の追随を許さないほど強くなった。そのお陰で優勝できたレースも多い。そんなお前は俺のチームに必要不可欠だ。だから共に東堂の旅館へ行かないか?」
「…」

あー、なかなかの殺し文句じゃないか。これは効いたかな?寿一がここまで言ったんだから、靖友も頷かざるを得ないだろうと彼をじっとみる。案の定、盛大なため息を吐いた後、しゃーねーなーとようやく首を縦にふった。

「福ちゃんが強いチームを作るのに必要なら、俺が邪魔するわけにはいかねぇからな」
「うむ、では三人とも来るのだな!大歓迎するぞ!」

そして終業式終了後、俺たちはいつものように自転車に跨がり、尽八を先頭にいつもと違う道を走った。温泉街の手前に着いてからは自転車を押して歩く。温泉玉子に温泉饅頭、数多く並ぶお土産屋さんの間を通り抜ける。

「おー、尽八っちゃんおかえりー」
「ワハハハ!饅頭屋のご老人、相変わらず元気そうだな」
「あら尽八くんお友だち?」
「あぁ、大切な仲間をうちに招待したのだ!」
「旅館の坊っちゃんとお友だちに温泉玉子あげようねぇ」
「すまんねご婦人!」

なるほど、こういうところで育ったのか。こんだけ人と人が和気藹々とした環境で育ったからあんだけ自信満々でポジティブなんだろうか。もらった玉子を食べながら数分歩いた先に尽八の実家はあった。尽八が古い古いと言っていたから、もっとボロ屋を想像していたのだが、全くそんなことはない。古きよき日本のお屋敷という言葉ががよくあう。

「ここか」
「なかなかいんじゃナァイ」

中に入ると仲居さんたちが出迎えてくれた。

「ようこそいらっしゃいませお客さま」
「お荷物お持ちいたします」
「えっ、あっ、いえ大丈夫ですっ」
「いいから素直に持ってもらえ。彼女たちから仕事をとるのではないよ」
「若様のお荷物も…」
「あぁ、俺はいい。このまま一度自室へ行くから、三人を部屋に案内したあと風呂でも勧めておいてくれ」
「かしこまりました」

尽八と分かれてから通されたのは一番奥の部屋だった。仲居さんによるとこの旅館の部屋の中では広い方なのだとか。

「さて、どうする?仲居さんいなくなっちゃったし、尽八来ないし」
「お風呂へどうぞっつってたし、風呂でも行くかァ?」
「そうだな」

備え付けのタンスを開けると、浴衣とバスタオルのセットが三つ作ってあった。紺色と白の幾何学模様の浴衣に更に濃い紺色の帯。裾の下の方に東堂旅館と刺繍されている。同じサイズのそれらを一つずつ持って部屋を出た。

「しっかし、あの東堂が若様ねぇ…」

温泉へ向かう途中、靖友が感慨深げに呟く。

「育ちが良さそうな感じはあったよね」
「そうかぁ?喧しいし女と巻島の話しかしねぇじゃねぇか」
「でもほら、床に座るときはいつも正座だろ?すぐ崩したりするけど」
「じゃべりかたが古くせぇのは?」
「おじいちゃんの影響とかじゃん?」
「しかし、奴の細やかな気配りには何度も助けられている」
「あー、細やかな気配り、ね」

靖友が遠い目をした。きっと、なにかされた記憶があるのだろう。とりあえず、彼の肩をポンッと叩いておいた。

風呂にはほとんど人がいなかった。ちょうどうまく時間がずれたのかもしれない。髪の毛のない頭を洗うお爺さんに旅行かいと話しかけられたり、大きなお腹をした中年のおじさんに絡まれたりしたが、大きな温泉をゆったりと満喫し、俺たち三人は温泉を上がった。

「あ?東堂!」
「おー尽八じゃないか。浴衣姿もなかなかいかすぜ」

脱衣場には青い浴衣を着た尽八がいた。

「お前たちに浴衣を着せにきたぞ。どうせ帯の結びかたもわからんだろう?」
「ハッ!余計なお世話だ」
「そうか、すまんな東堂。頼んだ」

テキパキとほぼ時間をかけずに、俺たちの浴衣を着せると、今度は尽八もいっしょに部屋へ戻る。扉を開けて中に入ると、すでに料理が運ばれていた。

「え?これ量すごいじゃん!ただで泊まらせて貰ってんのにこんなにいいのかよ!?」
「何を言う?お前たちが泊まりに来たのは俺の家だ。隼人は友の家に泊まるのにいちいち金を払うのか?」
「いやお前んちだけどお前んちというより旅館に泊まってる気分だよ…いや旅館なんだけど」

四人で座卓につき箸をとった。山菜の炊き込みご飯に大きな具がたくさん入ったお味噌汁、茶碗蒸しをはじめとする副菜類にまんなでつつく大きな鍋、どれもこれもおいしそうだ。でも何となく旅館の料理っぽくない?そう思っているのが顔に出ていたのか、くすりと笑って尽八が答えた。

「俺の友にふるまうと言うことで、料理長ではなく母が作った」
「そうなんだ!ははっ、なんか嬉しいな!」
「ではありがたくいただくとしよう」
「あ、待て!」
「ん?どうした荒北」
「これ、あとでお前のお袋さんに渡してくれ」

そういって靖友が尽八に手渡したのはサブレ系の菓子折りだった。そうだった、お世話になるからと三人で割り勘したんだった。

「俺と福ちゃんと新開からだ」
「気を使わんでよかったのに…まぁありがたくいただくとしよう。きっと母も喜ぶ」

食事がすんだ後、俺たちは尽八の提案で腹ごなしに散歩することにした。夜の温泉街は昼間と全く雰囲気が異なる。春休みに入ったばかりだと言うのに、小、中学生を含む家族連れや、大学生くらいの若い集団も多くみられる。昼間のご老人やご婦人たちも、俺たちを見かけると、昼間と同じように声をかけてくれた。ついでに家族への土産を見繕う。土産屋のおばさんが、四人でお揃いのキーホルダーをつけなさいとごり押ししてくる迫力に負け、温泉街オリジナルのゆるキャラがデザインされたストラップを購入した。携帯につけるにはちょっと恥ずかしいから、電子辞書にでもつけることにしよう。

気持ちのよい夜風を浴びて、少々冷えたかなと感じるほどに熱が覚めたので、部屋に戻った。すると、布団が四組敷かれている。なるほど、このために尽八は俺たちを外に誘導したのか。確かに、普通なら食事を別の宴会場や部屋で食べてる間に敷かれているもんな。俺たちは部屋で食べたから、一度部屋から出さなきゃいけなかったのか。これは尽八と旅館の仲居さんたちのナイス連携だ。布団は二組ずつ頭を真ん中にして左右対称に敷かれている。

「で、誰がどこで寝る?」
「どこでもいいだろ」
「お前たちは一応お客さまだからな、俺は最後に余ったところで良い」
「では、じゃんけんで勝った順に窓側の右端、窓側の左端、扉側の右端、左端だ。東堂もじゃんけんには参加しろ」
「ふむ」
「さすが福ちゃん。わかりやすいぜ。おっしゃ!」
「いくよ。さーいしょっはぐー、じゃーんけーんほいっ!」

結果、俺、寿一、尽八、靖友の順で勝った。負けてるのにちゃっかり寿一の正面をとるなんて靖友さすがだな。布団の場所が決まったら、後はもうお約束。みんなで朝まで語り明かす。といっても、俺たちの場合は定番の好きな子の話ではなくて、もっぱら今年のインターハイのことだけれど。

「巻ちゃんと最後の勝負をする約束があるからな!なんとしても勝つのだ!」
「おめはそればっかじゃねーか」
「東堂、俺も今年こそは正々堂々金城に勝つつもりだ」
「大丈夫だって、福ちゃんは俺が勝たせてやるよ」
「ついでに総合優勝だな」
「総合優勝はついでなのかね!?」
「いやいや、最大の目標にしてみんなの望みだから、巻島や金城との勝負のついでに…」
「最大の目標をついで扱いすんな!」
「ははは!インハイメンバー、誰がくるかな?」
「とりあえず、なんの問題もなければこの四人は確実だ。1番が俺、2番が荒北、3番が東堂、そして新開、お前が4番だ」
「残るはもう一人のスプリンターとクライマーか。泉田と黒田が有力ではないか?」
「あぁ、あの二人最近頑張ってるもんね」
「わかんねーぞ、新一年にすげぇのが来たりすっかも」
「ワハハ!それはとても楽しみだ!」

そのまま新しい練習を取り入れる話とか、うさ吉の小屋が手狭になった話とか、インハイでの作戦を大まかに話し合ったりした。すると段々尽八の声が聞こえなくなって、ふと見ると彼は寝落ちしていた。

「んだこいつ寝ちまったのか」
「夜更かしは苦手なんだって前に言ってたな。寿一は大丈夫?お前も早寝早起き派だから辛くないか?」
「問題ない。俺は強い」
「…福ちゃん顔怖ぇよ」
「無理しないで寿一も寝たら?」
「つか俺らも寝ようぜ」
「そうだな」

やはり限界だったのか、俺は強いを無意味に繰り返す寿一をなだめて寝かせ、俺と靖友もそのまま眠った。みんなでインハイに出場する夢を見ながら。

おわり

2013年7月7日

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