新しい私デビュー

くく竹、にょたけ

○新しい私デビュー

一年ぶりに美容室へ来た。兵助の知り合いの店で『SAITO』と言う美容室だ。なんでもその店は、大学生なら500円引き、高校生なら1000円の割り引きをしてくれるらしくて、しかもいま大人気の店だから予約が3ヶ月待ちなんだとか。それをそこの店主の子であるタカ丸さんが修行を兼ねて切ってくれるというので、店が休みの日に特別にただでやってもらえることになった。

「洗髪もやっちゃうね〜」
「はい、お願いします」

椅子を倒して顔にタオルをかけられる。シュワァという水音が気持ちいい。わっしゃわっしゃと洗いながらマッサージされてだんだん意識が遠退いた。

「・・・・ちゃん。竹谷ちゃーん」
「わっ!」

ゆさゆさと肩を揺さぶられてハッと目を覚ます。頬にかかる髪からいい匂いがした。

「洗髪終ったよ。髪の毛ふわふわでしょ」
「ホントだ。すごい・・・・」

いつもボサボサで手櫛が通らない髪がさらさらだ。跳ねるところは相変わらずぴょんぴょんはねているけれど。

「長さはどうする?」
「バッサリやっちゃって下さい」
「え〜っと、いま肩甲骨より長いくらいだから、肩まで切っちゃうよ?」
「はい。それでいいです」

シャキッ、シャキッとタカ丸さんのはさみが入った。

「最近どう?」
「え?あー、まぁ勉強は周りの友達が頭良いのばっかなんで、教えてもらってなんとか・・・・」
「そっかぁ、兵助くんとは?」
「へ、兵助にもよく勉強教わってますよ」
「そ〜じゃなくて、兵助くんと付き合ってるんでしょ?」
「まぁ・・・・」
「デートとかどういうところに行くの?」
「デート、は・・・・豆腐屋さん?」
「あぁ、兵助くんに付き合わされるんだね」
「そうなんですよ。いくら豆腐が好きだからって、毎回毎回連れ回されるのもどうなんでしょうね?」
「まぁまぁ」
「兵助が自分で作った豆腐が一番おいしいのに・・・・」
「あれ?さらりとのろけられた?」

正面の鏡を見る。髪は肩より少し上でさっぱり切り揃えられていた。

「この長さでいい?」
「はい」
「少し軽くするからね」

チャッチャッチャッチャッチャッ、チャッチャッチャッチャッチャッと小気味良い音が響く。何かの液体を霧吹きで吹き掛けるなど、タカ丸さん渾身のケアにも関わらず、俺の毛はあちこちまだ跳ねている。これは直らないんだろうな。それでもタカ丸さんの技術で、いままでで一番マシになったように思う。

「はい、できあがり〜」
「ありがとうございました」
「どう?」
「さっぱりしました」
「うん、青いカチューシャとか似合いそうだね」

タカ丸さんはそう言って、プラスチック製の細くて青いカチューシャをつけてくれた。

「思った通り!」
「に、似合ってます?」
「うん似合ってるよ!それあげる」
「いいんですか?」
「もちろん」
「ありがとうございます!」

早く兵助くんに見せてあげなよと言われて、『SAITO』を後にした俺は携帯を取り出して電話をかけた。

『はっちゃん?』
「兵助、いまタカ丸さんに切ってもらったんだ。いまどこ?」
『駅前の・・・・』
「まぁたあの豆腐屋さんだな」
『まただけど』
「じゃあいますぐ行くから」
『え、何で?』
「何でって・・・・あ、会いたいからじゃダメなのか?」
『はっちゃん・・・・いやいや俺が行くタカ丸さんちの近くに喫茶店あったよね。そこにいてくれ。5分でつくから』
「え、5分?駅前の豆腐屋さんにいるんだろ?ここから駅まで15分はかかる・・・・」
『すぐいくから!』

ピッ、通話は切られた。

実は俺を心配して近くをうろうろしていたらしい兵助と、それからすぐ喫茶店の入り口で鉢合わせすることになる。

つづく

タカ丸さんを出したかっただけ。

2012.6/28

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