「ん…んぅ…っぁ…あ……」

 荒い吐息と控えめな喘ぎが二人の周りの空気を満たす。
 どことも知らぬ場所に寝かされたドルべは、敏感な女性器を象った部分を愛撫されながら、懸命に耐えていた。ベクターが女性器特有の小さな芽を撫でる度に、彼の身体が跳ねた。
 これはどうせベクターの暇潰し。一過性のもので、一連の流れが終わるなり彼の興が冷めれば解放される……そう考えながら、絶え間なく身体中を流れる電撃のような快感をやり過ごしていた。

「…早く終われとか思ってンだろ?そうはいかねーぜ…」

 ベクターは添えていたもう一方の手を彼の下の孔へ伸ばし、くぷりとその孔に潜らせた。

「あぁッーーっ……!」

 異物が入り込んだ、その感触とそれが与える刺激に、ドルべは身を捩った。

「へへっ……てめーのココ、男をくわえ込みすぎじゃねーのか?指入れただけで嬉しそぉーにヨダレ垂らしてんじゃねぇか、なあ?やっぱり身体は淫乱だなァ…」

「あっ…あ、ぁ……ち、ちがっ…ああっ…!」

「しっかしスゲーな、仮にもてめぇ男型じゃなかったのかよ。マジで女みてぇだな。人間のだったら今頃孕みまくってんだろぉなァ?…あ、孕むことねーからヤりまくってんのか?なぁドルべちゃん?」

 ベクターが撫でていた芽を親指で潰すように捏ねると、ドルべはその衝撃に眼を見開き喘いだ。
 さらに、孔に潜り込ませている指を激しく動かし、全体を掻き回したりざらざらとした性感帯を擦った。

「やっ!ぁァァっ!そこっ…ぁ、い…一緒に、擦らないでっ!やめ…あぁ…やあァァ!!」

 魚の様に身体を腰を浮かせ、揺らめかせながらドルべは快感に悶えた。
 頭では嫌だと首を振って見せても、何度も快感を受け入れてきた身体は貪欲に快感を追い受け入れようとする。その頭と身体の乖離が尚更ドルべに耐え難い快感を与えていた。

「このままイかせてやる…」

「やっ!あぁ!あああっーーー」

 音を立てながら、ベクターは激しく両の手を動かす。ドルべは一層身体を反らせ、そして全身を張り詰めさせた。
 指を止めると、彼の身体は痙攣しながら弛緩していった。

「あーあー、あっけねぇな、すぐイッちまった。少しは耐えろよなァ?まあ淫乱ちゃんだから仕方ねーか。すーぐイッちゃうけど何度でもイけるもんなぁ?」

 身体を痙攣させながら、ベクターの指をくわえた場所は収縮し、ぱくぱくと彼の指を食べるように締め付けを繰り返している。開ききっているそこからは分泌液が溢れかえっていた。

「ふっ…はぁ、…はぁ……っ、もう…もういいだろう」

「何言ってやがんだ。俺がこんなんで満足するわけねーだろうが」

 一度昇天させたくらいではドルべの理性を壊すことはできない。耐え難い快感になんとか耐えながら、やはり心はベクターを拒んでいた。
 ナッシュが一つ命令すれば喜んで股を開くくせに。操を立てるドルべが面白くない。

(そうだ……これなら、もっと面白いものが見られるんじゃねーかぁ?)

 ベクターがバリアラピスを光らせると、ドルべの視界が急に光を閉ざした。
 眼を開けているはずなのに、視界は真っ暗で何も映さない。

「何…何をした!」

「何、心配するな。少しお前の視界を預かっただけだ。目隠しだと思えばいい。少し実験をしたくてな」

「な、…ナッシュ?」

 何も見えないドルべの耳に突如聞こえてきた声。それは紛れもないナッシュのものだった。
 先程まで目の前にいたのはベクター…なのにナッシュがなぜ、今ここに…?

 本気で困惑している様子のドルべに、ベクターは思わず噴き出しそうになるのを堪えた。ベクター以外がここにいるはずがない。
 そう、今のナッシュの声はベクターの成りすましによるもの。頭のいいドルべならそんなこと造作もなく感づく筈だが、快感で痺れ、思いもよらぬ状況に遭遇した脳は冷静さを欠き、混乱していた。
 そして今の声で、目の前にいる人物はナッシュであると、置き換えられてしまったのだ。

「ここ…こんなにビショビショにして…期待しているのか?」

「あぁ、ナッシュ…早く欲しい…。早く、私の中に…」

「まあ待て、まだ早い。お前がいい子にしてたらくれてやる。まだイけるだろ?今度は自分の手でやって見せろ。見ててやるから」

 そう言ってベクターはドルべの中から指を抜いた。ドルべは何かの暗示にかかったように、手をそこへ伸ばした。片方は孔に、片方は上にある小さな芽に。先程ベクターが弄ったように、今度は自分で性感帯を弄くり回す。

「一気に三本も指、入れるのか」

「ナッシュ…だって、っいつも…そうしている…ではないか…」

 顔を歪めながら、羞恥に耐えながら、それでも尚命じられるままにドルべは自慰を行う。滑稽ではあったがベクターはひどく興奮した。

「あッ、あん、イく…っ…イく、から…ぁ…見ない…でっ…あっ…!」

「何を言ってる…。俺に見せろ、全部…。お前のイく瞬間…見たい」

「っーー!」

 ベクターがドルべに覆い被さり、一際低いナッシュの声で言うと、その声に反応したのか、彼の身体が海老反りになった。そして固まったまま、身体全体を脈動させた。

「俺の声でイッたのか?はしたない身体だな、お前は」

「あッ…そん、な……ナッシュ…」

 達した余韻から、溶けたような表情を見せる。一切の抵抗を無くし、むしろ受け入れる体のドルべの姿。完全に欲望に堕ち、 形は違えどベクターからの快感に屈する姿。それはベクターの支配欲を掻き立てるには充分だった。
 もっと深い欲望の闇に突き落とし、彼が彼でなくなる様を見てみたい。その支配欲がベクターの雄を刺激した。気づけば男性器が、頭をもたげている。

 ベクターは猛った切っ先をドルべに埋め込んだ。「あっ!」と彼は短い悲鳴を上げて反り返る。光のない瞳は涙を湛えて開ききっていた。
 ズブズブと溶けきったドルべのそこは容易にベクターを呑み込んだ。

「くっ…すげぇ、な、…ドルべ…」

「あぅっ!あぁ、ナッシュ…!もっと…おくまでっ…!あ、あぁ、あっ!」

 ドルべが腰を揺らめかせ、中の壁が奥へ奥へとベクターを誘う。
 強力な圧力に出してしまいそうになるのを抑えながら、ベクターは腰を動かし始めた。
 ベクターをナッシュだと思い込み、脳髄まで快感に犯されてしまっているのだろう。ガクガクと身体を震わせ、唯名前を呼びながら喘いだ。脚をベクターの腰に絡ませ、快感をもっとと強請るように彼も腰を振る。
 ナッシュとの行為をたまに盗み見していたが、これ程まで乱れるとは…。ベクターはぞくぞくと興奮が背筋を這うのを感じ、ドルべの揺れる腰を押さえつけてひたすらに中を穿った。

「ぁっ!いいっ…!、いく、イくっ!ああ!ああっ!」

「ドルべ…どこに出して欲しい?」

「はっ…あぁっ!中にっ…中に欲しい!っあ、あ、あぁ!ああんっ!」

 達しそうになり、ドルべの中が痙攣した。ベクターはふと動きを止めた。

「ナッシュ、どうし…」

「…き」

「え?」

「すき、だ」

「……!」

 ドルべは言葉を詰まらせ、何も映さない瞳を閉じた。すっとそこから一筋、雫が零れた。

「ッ…ククク…フフ……なぁーーんてなぁ!!」

 突如聞こえた声に、ドルべはハッと眼を見開いた。再び暗闇から抜け出した眼は映像を結び、ひどく愉しそうに顔を歪ませたベクターを映し出した。

「ッ…ベクター!」

「目ぇ覚めたかよドルべちゃーん?ッたく、お前って奴はよォ…フフ…ハハハ…ヒャハハハハハ!!!傑作だぜ!!」

「な…に…?」

「マジで俺のことナッシュだと思ってたのかぁ?お・れ・ベクター!!俺の演技にすっかり騙されちゃってー!楽しませて貰ったぜ淫乱ちゃーん?」

「あぁッーーー!?」

 ベクターはドルべの中に埋め込んだ性器で、ゴツッと中を一突きした。彼の身体が仰け反り震える。

「まーたイッちまったのかよ。別にナッシュ以外のチンコでもちゃあんとイけんじゃねぇかよ。おら、俺もそろそろだ。イかせてもらうぜ」

「やぁッ!あぁ!あぅっ!」

「中に欲しいっつったよなぁ?お望みどぉーりに、たっぷり中に出してやるよ!」

「あ、あぁ!っめ…だめ…っ!やっ…!やあぁああッーーー」

 ベクターは先程までより一層、激しく腰をドルべの股に打ち付けた。がくがくと彼の身体が揺れる。絶望からか、快感からか、それともその両方か。彼の顔が歪む。
 ベクターはドルべの奥へと性器を押し込み、精を放った。
 ドルべは行為が終わっても起き上がろうとしなかった。光のない瞳がただ、虚ろに開かれているだけ。そこに最早、ベクターは映ってなどいなかった。

 ベクターは静かに己の性器を抜いた。



 ベクターはドルべを出し抜いたのだ。彼はベクターの思い通りに演技に嵌まり、願望通りに乱れ狂った。それはもう、普段の立ち振舞いからは想像出来ないほど。ナッシュという人物に溺れきり、自分をそうだと思い込みすがるように求めて来る様は見ていてひどく愉快だった。
 そしてその後、真実をばらした時に見せた絶望の表情。
 それこそ、ベクターを興奮させるには充分だった。気持ちの良い興奮状態で、ドルべを蹂躙した。自分の思うままに。
 これがベクターの望んだ結果のはずだった。

 なのに何故。

 黒い靄のようなものが胸を締め付け、そこから発生する苛立ちに、ベクターは辟易していた。靄は次第に渦となり、ベクターの胸から拡がり全身を支配していく。
 これは欲しいものが手に入らない苛立ちに似ている。一体何が欲しいというのか。
 ドルべを思惑通り陥れ、身体は意のままにしたのも同然。今回の件を持ち出せば彼は再び大人しく身体をベクターに明け渡すだろう。格好の暇潰しの道具が手に入ったのも同然なのに、何が不満だというのだ。


 彼はまだ気づいていなかった。行為の最中にドルべに向けた己の心に。そしてその心と自分を映さない瞳がすれ違い、虚無を生み出しているということに。
 その根本に気づかない限り、彼の問いに答えなどなく。彼は黒い渦を抱えたまま、際限のない自問自答を繰り返すのだった。

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