隠された言の葉
デニスとセックスするときは、どっちから誘うか、とかどういう風にするか、なんていうのは全部その日の気分による。
彼とするのは好きだった。何人か他にも関係を持ってる連中がいるけど、その中でも一辺倒にならないで僕を飽きさせないセックスをしてくれる。流石、エンターテイナーだけはある、と僕は思う。
……まぁ、そういうところがムカつくんだけどね。
だけど、今日はなんだか様子が違った。いつもは「ユーリ、溜まってるでしょ?ヤらない?」って肩に手を回してきたりなんかして軽く言うんだけど、今日の彼は少し切羽詰まったような感じだった。
「ユーリ……君を…抱かせて欲しい」
そんな、抱かせて欲しい、なんて言われても今更なんだけど。でも滅多に見ない顔を見てちょっとだけ面白くなって、彼を試すことにしたんだ。
「ヤりたいんならその気にさせてみなよ」
僕はそれだけ言ってベッドに寝っ転がった。さぁ、デニスはどうしてくるんだろう?興味で彼の行動を見守る。
多分、僕は今きっととても意地の悪い顔をしてる。
「ユーリ……」
僕の名前を呼んで、デニスはベッドの端に腰かけた。ギシリ、と体重でスプリングが沈む。顔が近づくと手がするりと頬を撫できて、キスされる、と思った僕は咄嗟に身構えた。
だけど彼は少し苦しそうな顔をして何度も僕の頬を撫でてるだけで、顔を近づけようとしない。なんでだろう?いつもはすぐにがっついてくるのに。なんだかキスを躊躇ってるようにも見えた。
「ねぇ、デニス」
キス、しないの?って聞こうと思ったけど、なんだか僕がして欲しいみたいで、それを言うのは悔しいからそこはぐっと堪える。
「どうしたの?」
「………別になんでもないよ」
「なんだ、ツレナイなあ」
「いつまでも何もしてこないからちょっと気になっただけだよ」
「ん?それは……してほしいって言ってるみたいだよ?」
「っ………!」
何のために言うのを堪えたと思ってるんだよ!
僕は悔しくて情けなくて、ぎっとデニスを睨み付ける。すると、彼はゴメンゴメンと言いながら笑った。
なんだ、ちゃんと笑えるじゃん。僕は頬を膨らませたままだけど、ちょっとだけ安心した。ぎこちない顔してる奴に抱かれたくないしね。
「フフッ…可愛い」
緊張が解れたのか、彼はようやく目を閉じていつもみたいにキスをしてきた。ああ、始まるんだな、と感じて僕も目を閉じる。薄いけど柔らかい唇が僕のを食んで、吸って、離れたらまた重なる。最初ゆっくりだったキスは何回か重ねているうちに舌が入ってきて、段々と深くなっていく。
舌で口の中をまさぐられていくうちに息が上がり、頭がぼんやりしてきた。さっきはキスを躊躇ってたくせに、彼は一度するとしつこかった。僕は力が抜けて呼吸が苦しくて限界なのに、なかなか離してくれない。手をぎゅっと握られて、段々身体がのし掛かってくる。……熱い。
「ね、……してもいい?」
唇がやっと離れると、耳に声を吹き込まれた。いちいち言わなくても、僕の顔見たらどうしてほしいかなんてわかるはずなのに、本当にズルい奴。でもそれを悟られたくなくて、僕はデニスに表情が見えないように頷いた。
「ユーリ…ユーリ、気持ちいいかい……?可愛い顔だよ…」
「は、くっ……あっ…ん……!」
僕は今すっかり服を剥ぎ取られて全裸でベッドに横たわり、体を弄くり回されていた。デニスが指で僕の後ろの穴を虐めながら、もう一方の手で身体中をまるで骨董品を慈しむみたいに撫で回してくる。
彼が主導権を握っている時は大抵僕が我慢できずに泣き出すまで焦らされるんだけど、今日は前戯もそこそこに早い段階で後ろに指が入れられた。
切羽詰まったり躊躇ったり、やっぱり今日のデニスは変だ。
「ね…ぇ、きょう、どうしたの」
「ん?」
「なんか…いつもとっ……ちがう……」
「……何でもないよ。心配させちゃったかな」
「べつに…心配なんかっ……してない、けどっ……ああっ…!」
中を広げるように動いていた指が突然、ある一ヶ所を擦り始めた。いきなり強い電流が流れて、びりびり身体が痺れて、僕の頭は吹っ飛んだように真っ白になった。
そこを触られると一気に僕は駄目になってしまう。さっきまで、何考えてたっけ?それももうだんだんどうでもよくなる。快感に全身が支配されて、それしか考えられない生き物になる。
「あぁ…あっ、んん…!っは、あ!だめ、だめっ…!」
「とっても気持ち良さそうだよ……本当にユーリはここ、好きだね…」
「もうっ…!ひっ、あ、あ……!すき……そこすきぃ…!」
「っ……!ユーリ…エッチな君を見てると、僕も我慢できなくなっちゃったよ……入れていい?入れたい……」
「は、ふっ……ん、いいよ……」
僕ももう限界だった。僕の後ろは、指だけじゃなくもっと大きいものを咥えたくてビクビクしてる。これから入ってくるそれが中で動き回るのを想像すると、それだけでイきそうになる。早く入れたい。
入れるときは大抵、デニスに股がって僕が上になってた。だけど今日は、起き上がろうとしたらそのまま手を握られて、ベッドに押さえ付けられてしまった。
「君はそのままでいて。こうして抱きたい」
それは、このまま向かい合って、お互いの顔見て抱き合いながら入れるってこと?
「……恥ずかしいんだけど」
見下ろしてくるデニスがやけに大きくて、彼以外の景色が見えない。少し影になった顔は凛々しいけど、静かに欲情していた。
初めて見る光景に僕はドキドキしていた。なんだか支配されてるみたいで。これから、僕が食べられてしまうみたいで。興奮する。
たまには、こういうのも刺激的でいいかもね。
「すぐにわからなくなるよ」
デニスの言葉通り、彼のものが中に入ってくるともう、景色とかそれどころじゃなかった。少し身体を折り曲げて覆い被さってきた彼の首に僕は腕を巻き付けて、入口が広げられて擦れる感覚に震える。
顔を上げると、すぐ近くにデニスの顔があった。こんなに間近で目が合うことってあまりなくて、ちょっとだけ恥ずかしくて気まずい。彼も同じことを思ったのか、動きを止めてキスをしてきた。唇を合わせたり鼻や頬を擦り合わせたり、動物みたいに顔をくっつけてじゃれ合う。
僕が欲しい快感ではないけど、気持ちいいと思った。それに、人の体温がそうさせるのかも知れないけど、なんだか安心する。こんな風にセックスの最中に誰かと触れあうのって初めてかもしれない。彼と今までしてきた中でも。新鮮だった。
「ユーリ、動いていいかい?」
「いいよ……。あ、あっ、あっ…!」
僕の鼻先に軽くキスして、デニスはゆっくり動き始めた。
そう、あぁ…これ、これがいい!デニスが僕を突くと、大きなものが奥まで入って、引いて、動き回る。さっき触られた気持ちいいところをトントンとノックするように突かれると、僕は堪らなくなって、声を上げて彼にしがみつく。
そう時間が経たないうちに、僕の中も頭もいっぱいになった。もう気持ちいいことしか考えられない。
「あっ…あ、あぁっ!っ……っは…気持ちい……いいっ……ん、いいっ…!」
「ユーリ…so sweet……I also feel pleasant…(とっても可愛い……僕も気持ちいいよ…)」
「はっ……ん、ぁっ……デニス…?今、なんて、言ったの……?」
「あ、いや……何でもないよ」
意識がぼんやりしていたせいかデニスの声が聞き取れなくて聞き返したら、彼の動きが止まった。いい気持ちで突かれてた僕は、突然なくなった感覚に戸惑う。
なんで?やめないでよ……そう思いながら僕は顔を引き寄せて顎にキスする。そうしたら彼は、ちょっと戸惑ったように頭を撫でてきたけど、ちゃんとキスに応えてくれた。
僕はそれには満足したけど、やっぱりなにか引っ掛かる。
「ユーリ」
「なに……?」
「これから僕の言うことは独り言だから…気にしないで」
「なにそれ、……!…っ、あ、あっ、あぁっ!」
デニスの言葉を不審に思ったけど、再開した動きに僕は言葉を奪われてしまった。
腕を捕まれ押さえつけられたかと思うと、さっきよりずっと激しく強く中を突かれた。下半身が宙に浮いてなくなったみたいにビリビリ震える。おかしくなりそうだった。僕はもう何もかもかなぐり捨てて叫ぶことしかできなかった。
僕の叫びの合間に、デニスの声がぽつりぽつりと降ってくる。
「You mean…brilliance to me……So…I desire to take you by force……Joeri…how should I this feeling to where……?」
「はぁっ、あぁ、んっ……デニス…っ、なに、……っぁ……」
「But…I can't afford to betray Professor……Please…Please find a way…to forgive a cowardly man……who only in this form cowardly me……that is not close to you……」
「なに、いって……っ、あんっ!んっ…あぁっ!はぁ、はぁ、あぁっ…!」
「Joeri…I adore you..…Joeri…You are my salvation…and my light……Please forgive me……Joeri…adore you……」
彼の言葉が、僕の知ってる言葉じゃないってことはなんとなくわかった。聞き取れなかった。でも、僕の名前を呼んでいるのもわかった。ユーリ、ユーリ、って、小さく掠れた声が呼んでいる。
ねぇデニス。僕の顔に落ちてくるあたたかい雫は、君の汗なの?それとも……
「あぁっ、あっ…!」
考えてたらいきなりまた腰をぐっと捕まれて、更に奥を突かれた。僕の思考はそこでストップする。また彼の動くままに、喘ぐことしかできなくなる。
「あ、あ、あぅっ!っ、あ!あぁあっ…!」
ああ、何かくる…!なにかが、身体を、かけのぼってくる。視界が、白く、霞んでいく。きゅっと感覚が狭まり、身体が、張り詰めていく。意識をのぼって、のぼって、のぼって、のぼって……
目の前が弾けた。
「っは、…はぁ……はぁ……はぁ…!」
一瞬息を詰めてイッた後、僕はゆるゆると身体から力を抜いていった。身体の奥から何かに包まれるような、深い絶頂。気持ちよかった。これは誰とでも得られるものじゃない、特別なものだ。
だから僕は気持ちいい彼とのセックスが好きなんだ。
意識が戻ると、お腹の中がなんだか熱かった。デニスの奴、中出ししたな……でも気持ちよかったし、どうせ後処理してくれるし、それくらいは大目に見てあげるよ。気分よく終わりたいからね。
「気持ちよかった…?」
僕の顔にかかった髪を払いながら、デニスが顔を覗き込んできた。繋がる前に見た光景と同じだけど、なんとなく彼の顔が違うのは…何だか寂しそうに見えるのは気のせいかな。
折角気持ちよかったんだから、そんなしみったれた顔しないでよ。後味悪くなっちゃうだろ?
「気持ちよかったよ」
お礼も込めて僕からキスをしてあげたら、彼は驚いたような、困ったような顔をした後、嬉しそうに笑って僕を抱き締めてきた。
いきなり抱きつかれるのもキスされるのももう慣れたけど、何故だか今日はその体温が気持ちよくて、僕も抱き締め返してみた。
終わった後、僕は裸のまま布団にくるまり、うとうとと眠りに落ちようとしていた。でもその直前で、隣で眠るデニスにどうしても聞いておきたいことがあるのを思い出した。
「ねぇ、さっき何て言ってたの」
「んー……なんだったかなあ、忘れちゃったよ」
デニスは天井を見つめてたけど、首だけちょっとこっちに向けて、とぼけた顔で笑った。
もちろん、忘れた、なんてことが嘘だっていうのは僕にはお見通しだ。
「へぇ、教えてくれないの」
「…君はどうしてそれを聞きたいんだい?」
「僕に聞かれると不味いことなの?」
「………」
彼は何も答えなかった。僕に向けた言葉なのに、僕に聞かれちゃ不味いってどういうことなんだろう?……もう少し詮索したかったけど、僕の意識の方が限界だった。
まあ、ここまで言わないってことは別に仕事と関係ないことだろうし、ほんとに独り言だったんだろう。……そう思うことにする。
「もういいや。眠いから寝るよ」
「そうかい、おやすみ」
いつもみたいに僕は彼に背を向けて布団に潜り込む。そうしたら、ふわりと頭を撫でられているような感覚がした。
「Good night, my dear. So that……a peaceful sleep comes to you.I adore you」
薄れていく意識の中で、こめかみに降る柔らかな感触と共に声を聞いた。何故だかわからないけど、なんとなく、よく眠れるような、子守唄みたいな、優しくて心地いい響きだった。
I adore you.
僕がその言葉の意味を知るのは、もっとずっと後になってからのことだった。
→あとがき的な
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