林檎一個分の距離

エイジのガーだのギャーだのよくわからない雄叫びを聞きながら原稿を踏まないようにジャンプして掃除する。大音量の音楽はヘッドホンにしているし私は私でiPodで音楽を聞いているしそこまで気にはならない。今日のご飯なに作ろかなぁ、と考えていれば後ろからいきなり捕まりびっくりして悲鳴をあげ掃除機を落とす。上を向けば不満そうなエイジが立っていた。

「…普通抱きしめられた時の驚き方はうわぁ!じゃなくてキャアです。名前さん可愛くないです。」

『いきなり邪魔してなに言ってんの。足踏むぞこら。つーか、今のは抱きしめたんじゃなくて犯罪者がやる人質の取り方とか拉致だし。手加減ってもんを知らんのかお前は。』

「そんなに強くしてないです。愛の包容をそんな風にいうなんて酷いです。落ち込みますよ?」

『はいはい、すみませんね。で、原稿終わったの?なんか必死に書いてたじゃん。』

書いてないと落ち着かないです、とぎゅうと私に抱きつくエイジは鬱陶しいが可愛い。恋愛ものを書いてたら名前さんに触りたくなったのできました、ネタになるかも。と一緒にソファに座る。自分がネタになるなんて嫌だなぁ。

『というか恋愛もの書いてるの?苦手じゃんかエイジ、大丈夫?自分たちの事かくとかやだよ私。』

「連載ようじゃないデース。苦手だから克服しまーす!前はラブ!な気持ちがわからなかったけど今は名前さんがいます!で、なんでです?蒼樹さんも亜城木先生の事書いてました。」

『あれは自分で書いたわけじゃないし。ノロケみたいで恥ずかしいじゃん。』

「んーん、女心は難しいです。じゃあ表情の勉強ならいいですか?名前さんの表情はコロコロ変わってすぐ紙に書きたくなります。」

『エイジが変な事するからじゃん。私はあんたの心のが難しいよ。』

そですか?とソファに決めポーズをしながら立つ彼は次になにするかが読めないから困る。で、なにすればいいと聞く前に目の前にエイジの顔があって固まる。数秒見つめ合うとエイジが机から少女漫画をページをあけて私につきだしてきた。

「顔が近いと普通女の子は赤くなるんじゃないんですか?こういう顔みたかったです。」

『…殴るわよ。』

「!暴力反対です!…あ、キスした方がよかったですか?」

『するならさっきのタイミング。今もうする気ないから。よーし、ご飯作ろー。』

「ガーン!ショックです!さっきのタイミングって一体いつですか!」

『漫画家なら自分で考える。それまでお預けでーす。』

「がびーん!」

ソファに崩れる彼をシカトしてキッチンに歩く。わからない、とかカラスの気持ち、とか騒ぎながら唸っている。カラスの気持ちは今関係ないのに、とそれを眺めながら小さく笑う。あの距離でキスをねだったなら本当に少女漫画にありそうな場面だから漫画にできるかもなと考えてにやけた。




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