shortstory | ナノ


  うそつき


 初めてシリウスを好きになったのは1年生のとき。ほかの男の子と比べて、やけに大人びた綺麗な人っていうのもあったけれど、それ以上にそんな容姿なのに子供っぽいところにも惹かれた。そして極めつけは、簡単で、私が大広間で席を空いている席を探していたら、少しだけ隣に詰めて、ここに座れというように幼い笑みを浮かべてくれたことだ。
 単純に好きになってしまった、なんて言われるかもしれないけど、私の知ってる恋って、複雑に想うのではなく、単純に好きだと思ったら恋になってしまうんじゃないかなと考えるから、これで良いのだ。

 4年生になったとき、私と鏡合わせのようにそっくりな容姿をした双子の姉に恋人ができた。姉を知っている子たちはみんなそろって祝福をした。私だってそうだ。相手は見た目は平凡だなんだって言われてるけど、とっても優しい年上の人だった。
 羨ましいな、とか、私もいつかシリウスとあんなふうになりたいな、なんて思っていたのが姉にバレたのか。それとも恋人ができたばかりで浮かれていたのか。はたまたそのどちらもか。なんてどうでも良いけれど、姉は私に「シリウスに早く告白しなさいよ」といたずらっぽく笑った。そしてそれを聞いた友人たちが、みんなでファーストがシリウスに告白するのを見守ろう! みたいなチームを結成してしまったため、あとに引くに引けなかった。
 私も押されて押されて、ちょっとだけ浮かれていたんだと思う。もしかしたら大丈夫なんじゃないか、と、思ってしまった。大きな確証なんてなかった。シリウスとは普通に友人として話すくらいだし、目が合ったら笑ってくれるくらいだ。だからそれだけでうまくいくかはわからなかったのだが、とうとう告白してしまった。

「……ああ、悪い。俺好きなやついるから」

 あっさりと振られてしまったが。
 考えてみればわかることだったのだ。私はシリウスに釣り合うような美人でなければ、姉やリリーのように明るいわけでもない。勉強の成績だって良いわけじゃないし、スポーツが得意なわけでもない。どこにでもいる、平々凡々な子どもでシリウスのおメガネに最初から叶うはずがなかった。
 それでも私はなにか結果が欲しくて、つい聞いてしまったのだ。

「じゃあシリウスの好きな人ってだれ」
「あー。だれにも言わないよな?」

 ちらりと照れたように聞かれれば、首を縦に振るしかなかった。そしてシリウスが意を決したように答えた名前は、私のよく知る名前だったのである。だってそれは、私の姉の名前だったのだから。
 鏡合わせのような双子の姉。見た目だけなら私と姉は何も変わらない。でも姉は明るくて活発で、成績も良くて、スポーツが得意で、みんなみんな姉のことが好きだった。だから、なんで私じゃダメなのとは聞かなくても良かった。
 あのあとどうやって女子寮に帰ったかは覚えていない。ただ、ふらふらとした私を見て、姉も、友人たちも結果は察したのだろう。慰めの言葉をたくさんかけてくれた。姉もすごくすごく優しくしてくれた。大好きな姉をシリウスが好きになるのはなんら不思議ではないとさえ思った。けれど、なんだかとても悔しくて悲しくて、そしてシリウスと約束したから、シリウスの好きな人が姉ということは言えなかった。

 それから1年が過ぎた。あの当時、姉がだれかと恋人になっていることを知らなくても、ここ最近は知っているらしい。彼氏と姉が2人でいれば、不機嫌そうに口を尖らせているところを何度か見たことがある。そんなところも可愛いと思いつつ笑えば、私だけがシリウスの想いの人を知っているからなのか、私の前でだけ彼は肩をすくめるのだった。
 ときどき、2人であって、シリウスの話も聞いたりしている。主にシリウスは彼氏が羨ましいという話である。元々あまり他人に興味のないシリウスでさえ、いいやつと認めているからこそ、文句がない! と嘆いているのがほとんどだが。文句がないから羨ましいとうーうー唸っているだけかもしれないけど。うーうー唸るのやめなさい。

「俺のほうがイケメンだ」
「そうだねえ」
「足も長い」
「紛うことなき」
「成績も良い」
「他学年と競えないでしょ」
「羨ましいいい」

 5年生といってもまだ子どもだ。16になるかならないかの子ども。そんな子ども特有の無垢で残酷さ。私がシリウスのことを1年生のときから好きだっていうのに、それを知ってるのに彼は私に愚痴をこぼす。それとも忘れてしまったのだろうか。
 私にしとけばよかったのに。と思ってもなかなか言い出せない。私で妥協してしまえば良いのに。顔は同じだ。身体も同じ。中身はほとんど違うけれどそれがなにかって話。姉はシリウスを好きじゃなくても私ならシリウスを愛してあげられるのにということも気づかないのかな。
 ……もし、本当に気がついていないだけなら、言ってあげれば簡単だろう。けれどそれでこの培った友情が消えるのは正直悲しい。というか辛い、しんどい。シリウスに冷めた目で見られるくらいなら学校辞める。でも、上手くいくのなら?
 幸福なのだ。私は姉と鏡合わせのようにそっくりで、シリウスは彼女のことが好きなのだ。私をファースト・ファミリーではなく、姉として扱えば、見れば、もしかしたら付き合えるのではないのか、なんて言ってしまったらどうなるのだろうか。

 こくり、と喉を鳴らす。シリウスは急に黙った私を心配したような目で「どうした?」と聞いてきた。なんて優しい目なんだろう。シリウスって本当に他人に興味を示さないのに私を見る目は酷く優しい。それは私が姉の妹だからか、姉と錯覚するほどそっくりだからか。後者なら結構。……ただ、こんなに優しい目をしてるから、告白してもオーケーもらえるんじゃないかって思ったのは正直あると思う。今は関係ないけれど。
 息を整える。シリウスに小さく微笑んでみせて、それから口を開いた。

「ねえ、シリウス。これはバカなことだと私でもわかるんだけど」
「うん? どうした」
「私じゃダメなのかな」

 ひゅっ、と、シリウスののどがなった。何を言いたいのか、すぐにわかったという顔だ。つまり、彼は私が告白したことを覚えていた。ほらやっぱり、残酷な人。けど残酷で良いんだよ。シリウスが残酷だから、私が罪悪感を感じずにいられるのだから。
 はくはくと、エサを求める魚のように、口を開くシリウスに、私は追い打ちをかけるように続けた。

「私で妥協できないかな。私は姉さんと同じ見た目をしてるよ。私は姉さんと同じ声をしてるよ。私は姉さんと同じ身体をしているよ」
「いや、ファースト。お前は」
「私ならシリウスに恋してるから。姉さんの代わりにしても良いんだよ」
「お前は、それで良いのかよ」

 残酷な人。残酷なまでに優しい人。他人に興味がないくせに、他人の感情の変化に機敏で、他人の心までわかるつもりの人。
 まさか、私の、ファーストのことを心配してくれるとは思わなかった。だって私がシリウスの友人という立場に入れるのは、ひとえに姉の妹であるというだけかと思ってたのに。私のことを心配してくれるなんて、と思うと、じわりじわりと胸が温かくなって行った。それだけで嬉しくて、泣きだしそうになる。だから大丈夫なのだ。

「うん、私は全然大丈夫だよ」

 だから、お付き合いしましょう? と言った私の目をシリウスは見てくれなかった。

 その日からまた1年がたった。6年生である。私とシリウスの関係は恋人としていまだに続いている。
 最初、姉のように振舞おうとしていた私をシリウスの「やめろ」という一言でやめさせられた。シリウスは相変わらず優しい。ずるい、ますます好きになってしまう。
 姉は祝福してくれたけれど、1度は私を振ったからと、あんまり良い顔はしなかった。じろりとシリウスを見たとき、シリウスがちょっとだけしょんぼりしたのはまだ記憶に新しい。つまりだ、シリウスはこれだけ私に優しくても、やっぱり姉のことがまだ好きで、私のことを好きになることなど到底ない。けれど、それで良いのだ。シリウスが姉を愛している限り私をつなぎ止めてくれるから。
 姉のことは大好きだけど、シリウスとキスをしているのも、身体を重ねるのも、姉でなく私であるということはなんとなく気分が良かった。シリウスが私でなく姉を見ているとかそういうのがどうでも良くなるくらいだった。
 きっと多分、卒業してもこんな関係が続くんだろうなと考えていたとき、シリウスに呼ばれた。なあに、と聞けばシリウスは大きく溜め息をついて真っ直ぐと私を見た。

「なあ、別れようか俺たち」
「は? え、なんで?」

 なにかしてしまった? それとも姉のことが好きじゃなくなった? いくつも考えが浮かんできた。ほとんどがシリウスが姉を好きじゃなくなってしまったか、という発想。けれどそんなことはない。だっていまだに、姉を見る度に彼は隣の私じゃなくて姉を目で追いかけるのだから。
 じゃあなんで。なんでいまさらそんなことを言うの。

「だってファースト、良くないだろ」
「良くない?」
「今の状況、きついだろ。つらいんだろ。俺があいつの名前を呼びながらお前を抱いたって平気じゃないだろ。全然大丈夫じゃないだろ。じゃあやめたほうが良いだろ」

 本当に酷い人。優しいのに酷い人。
 あれが、私を守るための嘘だと気付いてたのなら言わないで欲しかった。優しさを持っているのなら、姉を好きな間はせめて私と恋人でいて欲しかった。それは私のわがままなの。私は、平気じゃなくても良かったのに。私じゃなくて姉を想って私を抱くシリウスが好きだった。だから大丈夫なのに。大丈夫じゃなくても大丈夫だと言えるのに。自分の心も嘘で固めれるのに。シリウスは優しいから、姉の妹でなく、ファースト・ファミリーとして優しく扱ってしまうから、悪気はなく、私のためを思って別れようとしてくれるのだ。それはわかる。けれど。納得はできない。

「ひどい、ひどいよシリウス」

 一方的にシリウスに抱きついた。シリウスも抱き返してくれた。頷いてくれた。

「うん、ひどいな」
「私が悪いのに、私だけが平気でなければ良かったのに」
「ごめん」
「シリウスが謝る必要なんて全くないのに」
「……ごめん」

 姉のことが好きな人。彼は私のことを好きにはならないけれど、私はそれで大丈夫にしたかった。
 本当は愛して欲しかったけれど。恋して欲しかったけれど。私は私のためにうそをついていた。

2018/09/21

prev / next

[ back to top ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -