02
「あいつムカつく」
ソーラシと目が合っただけのときも、今日のように相手をころそうと本気でやりあったときも、ラバスタンはいつも言う。まあ、要するにソーラシが関わると彼はこうなるのだ。ガシガシと自らの髪を掻き毟し、ぶつぶつと文句を誰にでもなく言っていた。
さて、そんなラバスタンに俺たちだが、あまりにもいつものことなので、本当にソーラシにムカついていたとしても「そうだねー」「そうだな」「ああ」と適当に相槌を打つ。変なことを言ってラバスタンの怒りに触れるのは賢くないし。
「もうなんかしよう? あいつ闇の魔術の実験にしよう? セブルスがやれば1発だろ」
「学校にバレたらまずいって。もっと精神的にダメージ与えるものにしようよ」
「えぐいな」
俺の提案にエイブリーがツッコむ。
学校側にバレずにソーラシにダメージ与えるのとか1番精神的に与えればいいじゃん?
っていうかラバスタンと普段から(手と足の)決闘をしてるソーラシって身体的には強そうだし。やっぱ隙をつくなら精神攻撃だね。
「精神的につっても方法がないな」
「いろいろあるよ。例えばすごーく怖い目にあうとか、あとは好きな人に振られるとか?」
「なるほど」といいながらニヤリと笑うラバスタン。ソーラシを陥れるためのイメージでも湧いたのだろうか。それとも陥れたあとのイメージ?
気分を良くしているラバスタンの隣で、ふと、エイブリーが口を開く。
「……ソーラシの怖いものってなんだ」
「…………さあ?」
「セブルス」
「知らん」
知らないのかー。ソーラシって確かエバンズの友達だったし、なにかセブルスも知ってないかって思ってたけど知らないかー。意外と虫か怖かったりして。
んじゃあまあ、さっき言ったなかじゃあとは好きだったやつに振られるーってやつだけど。……え、待って。そういえばソーラシって好きなやついるの?
「セブルスー」
「ブラックじゃないのか?」
「あー」
確かに。
ふと、廊下の先にソーラシを見つける。次の授業が一緒なのだろうか、グリフィンドールのエバンズとも一緒だ。2人でなにかしら楽しそうに談笑をしている。その更に先に居たポッターがエバンズになにかしらちょっかいを加えたのだろうか。ソーラシがポッターとエバンズの間に割って入る。遠目でもわかるくらい、わかりやすくポッターに威嚇しているなあ。
ソーラシに頭を下げ、エバンズが慌ててどこかに駆けてゆく。そのあとを追いかけて行くポッター。残されたのはルーピン、ペティグリュー、ブラックだ。ブラックはソーラシに楽しそうに、ややオーバーリアクションで話しかけており、ソーラシも微笑みながらかうなずいている。どこからどうみても楽しそうな2人である。恋人か? とも思うんだけど。
「あの2人って付き合ってるのかな」
「付き合ってなかった」
答えたのは意外にもエイブリーだった。1番知ってなさそうなのになんで知ってるんだ! なんで? と視線を送れば、エイブリーは少しだけため息をついてから話し始める。
「前に聞いた」
「エイブリーが!?」
「ちがう」
なんだちがうのか。
エイブリーいわく、9月1日の日、ホグワーツに来る時の列車にて、監督生の席でエバンズがソーラシに聞いていたらしい。それをエイブリーが聞いてたってわけだ。
「ソーラシって監督生だったの!?」
「おま……5年生になってもう数週間たってるぞ」
ぶっちゃけエイブリーとルーピンとエバンズが監督生ってことくらいしか覚えてなかった! エイブリーはともかく、ルーピンとエバンズもセブルスがなにかしらで言うから覚えていただけだし。
っていうかそうかー。ブラックとソーラシって付き合ってなかったのかー。付き合ってるのならブラックに服従の呪文をちょいちょいっとかけて振らせるつもりだったのに。
「うーん、どうするか」
「このままじゃ俺たちの誰かがソーラシに惚れさせてその後に振るしか」
俺が誰にも聞こえないかなーというくらいの小声で呟いたのにも関わらず、カッと目をぎらつかせてラバスタンが「それだ!」と叫ぶ。野生動物かこいつは。
「マルシベール、お前ソーラシ惚れさせてこいよ」
「は? やだけど」
「マルシベールがやるなら僕がやる」
ずいっとエイブリーが俺とラバスタンの間に割って入る。それをセブルスがまたか、とでも言うようにため息を漏らした。
エイブリーの言葉に、しかしラバスタンは横に首を振る。
「お前女を惚れさせようとして惚れさせたことないだろ」
いや俺もべつにないけど。
「ないけど、マルシベールにソーラシ近付けたらだめだ」
「なんで」
「あいつは、変態だから!」
「は?」
「ほう……なんの話してるのかしらねえ、エイブリー」
にっこり、と効果音がつきそうな笑みを浮かべたソーラシがいつの間にかエイブリーの後ろに立っていた。いつの間に!?
「ちょ、ソーラシ、どこから話聞いてたの?」
「どっかの誰かさんが私を変態とかなんとか言ったところからね」
あ、良かった。重要なところは聞いてない。
ホッと胸をなで下ろす。
ソーラシはふふっと、エバンズと話してたときとは違うような、機嫌悪いのを抑えるような、そんな笑みでエイブリーを壁に追いやって行く。
「だれが変態よ、だれが」
「変態だろ! レギュラスに女装をさせてたくせに!」
「細くてやわっこくて可愛い頃でしょ!」
「いまでもその条件にあてはまるマルシベールを近づけてたまるか!」
いやいやいや。いやいやいや。俺クィディッチの選手だから。ラバスタンほどではないけど鍛えてるから。
……いやまあ、確かになにも鍛えてないはずのエイブリーよりも細いかもしれないけど! でも俺、脱いだら意外と筋肉あるから。
「あー、なるほどなあ。それでソーラシにマルシベールを近づけさせたくなかったと」
「言っとくけど女装させる趣味はもう卒業したわよ! 何年前の話だと思ってるのあんた!」
「信じられるか」
冷たく言い放つエイブリー。
……そういえば、ソーラシって確かブラック家の分家的な家なんだっけ。なんでラバスタンやエイブリーのことを昔から知ってるのかなーって思ってたけどなんか納得である。どうでもいいけど。
俺ももしかしたら会ったことあるかもしれないけど、覚えてないかもしれない。
ついでに、ブラック家の親戚関係ならさっきのあの仲良さげなのも納得だ。
……さてと。俺はソーラシを惚れさせるとか、めんどくさそうなのは正直ごめんだ。けど、せっかくソーラシがいるんだ。しかも聞かれて困るようなことは聞かれていない。これは、めんどくさそうになる前にいけるかな?
エイブリーとソーラシの口論にいつの間にかラバスタンも加わる。
そんな彼らに1歩進んで、ソーラシに声をかけた。
「ねえ、ソーラシ」
「なに 」
いつの間にか笑顔もなくなって、眉間にしわを寄せてギロりと睨みつけてくるソーラシ。今度は俺がにっこりと微笑んで見せた。
「そんなに怒ると綺麗な顔が台無しだよ」
近づいて分かるけどソーラシって本当、顔だけは綺麗なんだから。勿体ないよ、そんな意味を込めて言ってみる。
女子ってなんでもない相手からでも綺麗って言われたら喜ぶんじゃないだろうか。少なくとも普通の女子はそうだろう。
「えっなに急に……こっわ」
なるほどソーラシは普通じゃない。普通の女子じゃない。これは手を焼くわ。めんどくさいね。
まさかのドン引きをするソーラシに畳みかけるような言葉を紡ぐ。
「急にっていうか……好きな子には綺麗なままでいてほしいものじゃない?」
女子や親戚に綺麗だなんだとしょっちゅう言われた笑顔を彼女に向ける。
一瞬、ソーラシはビシリと音を立てて固まった。ドン引きの顔のまま「え、なにこいつ……」と今にも言いそうである。いや、それに近いこと言ってたか。まあそれはそれ、これはこれ。
そして次の瞬間、彼女はぶるぶると震え、小さく小さく呟いた。
「…………ないわー」
あれ、ラバスタンが向こうで咳き込んだけど、これ俺振られたことにカウントされるの?
2017/08/26
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