副長室を出た後、平助から話を聞くべく八番組の巡察に同行することにした千鶴と、他の幹部の動向を探ると言った山崎君と別れ、あたしは土方さんの指示通り総司の部屋に向かった。
そこには部屋の主の他に近藤さんの姿があり、膳の用意をしているのを見ると、どうやら総司はこれから食事をとるところらしい。
「おお、麻倉君。いいところに来てくれた」
「どうかしたの?」
総司の表情を窺ってから室内に足を踏み入れれば、振り返った近藤さんが明るく笑った。
「今食事を持ってきたところなんだが、俺はこれから出掛けねばならなくてな。よかったら、君に総司を見ていてもらいたいんだ」
「好き嫌いしないで残さず食べるよう見張っとけってこと?」
「心外だなぁ。ちゃんと食べるよ」
体調不良のためとはいえ一人での食事は寂しいだろうから、との言葉に納得したあたしが快く頷くと、近藤さんは嬉しそうな笑顔を見せてから部屋を出ていった。
あたしはとりあえず、食事を始めた総司の脇に腰を下ろして、その邪魔をしない程度の声音で本題に入る。
「土方さんが動き出したよ」
膳の上に並べられた、正体不明の料理を眺めながら言えば、お椀を持ち上げた総司の眉が微かに動いた。
「山崎君はもちろん、千鶴まで使って探りにきてる」
「へぇ……千鶴ちゃんまで、ね」
「正確には、山崎君と千鶴、それからあたし」
彼の持つお椀を覗き込んでみると、中身は墨みたいに真っ黒な汁物だった。見たこともない料理だ。あたしの興味を感じとって、総司はそれをひとすくいした匙を差し出す。
「それで?君は間者の役割でも果たそうっていうの?」
「しないよ、面倒くさい」
「だけど、土方さんたちに言わなかったんでしょ?」
「だって訊かれなかったから」
あたしはその匙に顔を近付けて、すぐに後悔した。なんか物凄い匂いがする。甘かったり酸っぱかったり……なんだコレ。あからさまに顔を歪めたあたしに、しかし総司は笑みを崩さない。あーん、と迫ってくる匙から逃れるように後退ると、総司の野郎は追ってきやがった。
「そ、総司……?」
「土方さんもバカだよね。君がこっち側についてるかもしれないってことは考えなかったのかな」
気付けば背後は壁。目の前には黒い何かを差し出す総司の笑顔。逃げ場は無く、彼にも逃がす気は無いのだろう。畜生、興味なんか示すんじゃなかった。
「はい、あーん」
「…………おぼえとけよ」
親の仇を見るような目で睨み付けたまま、覚悟を決めて口を開いた。その途端、躊躇いの欠片もなくあたしの口に突っ込まれる匙。一瞬、意識が飛んだ。
…………。
…………………。
…………………………。
「……ぶはぁ!何だコレ!!」
なんか今、違う世界の人見えた。魔物を戦闘不能にしちゃう料理作れる人。真っ黒いクリームシチューとか作れちゃう人。
「なんか色々混ぜてあるね……うあー、まだ口の中に残ってる気がする」
「ハチミツと高麗人参と鯉の生き血と、すっぽんの生き血を混ぜて煮込んだものだってさ」
……。飲んじゃった……!!
「僕の病気には栄養のある食べ物が一番だって松本先生に言われたらしくて…近藤さんが、あちこち走り回って買い集めてくれたんだって」
「…ああ、それじゃあちゃんと食べるよね…」
「うん。近藤さんが、僕のことを心配して作ってくれたんだし、食べずに捨てるなんて出来ないから」
はっきり言って美味しいものじゃないけどね、と苦笑する総司にちょっぴり同情した。可能であれば、彼好みの味付けにしてやることも考えるんだけど……あれに手を加える勇気はちょっとない。
「それで?君はどうするつもりなの?」
定位置に戻って食事を再開した総司の問いに、あたしは壁に背を預けて顎に手をやり、考える素振りを見せる。
「んー、まぁ下手に嘘ついたり誤魔化したりするよりは、何も聞き出せなかったってことにしたほうがいいかなーとは思う」
「そうだね。どうせずっと隠しておくわけでもないんだし」
同意に頷きを返し、とりあえずこの話は終わりにしようとした時、部屋の外に嫌な奴の気配を感じた。
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