『西本願寺から、これ以上、新選組がここにいるのは困ると言ってきた』
近藤さんが険しい顔でそう言ったのは、鬼の襲撃があった翌朝のことだった。
「ふーん、そんなこと言われたんだ。ついにっていうか、やっと?」
朝、広間に顔を出した時に近藤さんや井上さんたちが交わしていた会話を伝えれば、私が運んできた朝食に箸を伸ばしながら、興味なさそうにクラちゃんは言った。
風間さんとの戦いで重傷を負った彼女は、その夜のうちに目を覚まして、朝には平然とした顔で「朝ごはんまだ?」なんて尋ねてきた。その顔にはまだ白い包帯が巻かれていて、彼女の負傷した左目を塞いでいる。右目は見えていない筈だから、今の彼女の視界は皆無だ。……なのに、苦もなく食事を進められているのはどうしてなんだろう…室内を歩くのも手探りだから、見えてないのは確実みたいなんだけど。
「やっと…なの?」
「でしょ。そもそも西本願寺は尊王派、長州に肩入れしてて新選組は嫌われてた。それを承知で、強引に押し掛けたのはこっちでしょ」
「そうだけど…」
でも、ここでの暮らしにもすっかり慣れて、まるで自分たちの家みたいな気がしていたのに……
「…ま、アンタの言いたいこともわかるよ。ここは京での活動に便利な場所だ…っていうだけじゃなくて、気持ちの上でも支えになってたんでしょ。多分、他の隊士たちも」
「うん……」
「…ほら、そんな顔しないの」
え?
驚いて顔を上げると、クラちゃんがこちらを見ていた。目は合わないから、やはり見えてはいないらしい。見なくてもわかるよ、と苦笑した。
「アンタのせいじゃないから。確かにきっかけは昨日の襲撃かもしれないけど、いずれ出て行けって話になってたよ。アンタが気にすることじゃない」
……それは近藤さんにも言われた。だからこそ申し訳ない。君のせいじゃない、と。その言葉が本心から出てきているとわかるからこそ。
短く溜め息を吐いたクラちゃんが、ふと笑った。
「アンタに暗い顔されちゃうと、体張ったあたしの立場がないんだけどなぁ」
「えっ!?あ、ごめんなさい!」
「謝るんじゃなくて?」
「……ありがとう」
よろしい。満足そうに笑って、クラちゃんは食器を置く。さすがにいつもより時間がかかったけれど、いつもと同じように完食されていた。本当に、クラちゃんは食事を大事にしてるんだなぁ……沖田さんと違って好き嫌いも無さそうだし。
「で、当然移転の話も出てるんでしょ?どうするって?」
「あ…移転先の敷地も屯所も、全部西本願寺が持ってくれるんだって」
「へー、スゴ。本当に出て行ってほしいんだねぇ」
「移転の準備も始めるって。忙しくなるって言ってたけど…クラちゃんはまず療養してることって、土方さんが」
「ちぇ、しょうがないね」
傷が治っても元通りにはならないだろうと確信出来る大怪我を負っていても、クラちゃんは元通りになるのだと言った。…確かに、普通では考えられない回復速度だと思う。昨日の今日で、こんなふうに起き上がって話が出来るんだから。もしかしたら、本当にそう遠くないうちに全快出来るのかもしれないと思えてくる。……何より、クラちゃんだし。
「土方さんにどやされるのも嫌だし、大人しくしてるよ。アンタに余計な心配かけたくないし」
「うん…そうしてもらえると安心かな」
その言葉も、すぐに撤回されることになるのだけど。