「なんて顔してんの」

襖を開けた途端、聞き慣れた声が夜闇に控えめに響く。予想外のことに総司は微かに目を見開いたが、次いでその内容に苦笑した。

「なんて顔って、君、見えてないんでしょ?」

「見なくたってわかるよ」

蝋燭の灯りでぼんやりと橙色に染まった部屋の中心、布団の上で半身を起こした少女は、こちらを向いて呆れたふうに肩を竦めた。幼い顔つきの一部、左目を覆うように巻かれた包帯が痛々しい。青空を映したような美しい色は右目に残っているが、こちらにはほとんど視力が無いことは知っている。

「また、無茶して」

呟くと、今度は少女が苦笑した。

目立つのはやはり左目の包帯だが、彼女の身体の至るところにそれが巻かれていることは山崎から聞いている。普段とは違う薄桃色の着物から覗く胸元や、細い首にも白い包帯が見え、総司は眉を顰めた。だらりと力なく下がった左腕。深く斬りつけられた肩の傷を診た山崎は、彼女が戦線に復帰することは無理だろうと言っていた。

「……ねぇ。どうして、そんな無茶するの」

「出来るから」

即答だった。
見えてもいないくせに真っ直ぐこちらに向けられた目に迷いはなく、橙の灯りを受けて不思議な色に輝いている。

「あたしはアンタたちより無茶がきく。この怪我だって、確実に治るから」

「治るって…そんな傷」

「治るんだよ。こんな怪我、本当は治療なんかしなくたって、時間さえあれば元通りになるんだ」

包帯の巻かれた右腕を持ち上げて、着物越しに左肩に触れる。確かに、つい数刻前に深く切り裂かれたばかりだというのに、彼女の振る舞いは重傷者のそれではない。本来なら、起き上がることさえ出来ない怪我だ。

「あとで山崎君にも言っとかないとね。再起不能だなんて伝えられたら、戦線復帰させてもらえないかもしれないし」

「…………」

「そういうことなんだよ。この世界の人間じゃないってことは。あたしとアンタたちは、決定的に違う。あたしは、この世界からすれば、完全な異物、化け物なんだ」

そう言って寂しそうに笑うから、総司は少女へと手を伸ばす。包帯の上から、ゆっくりと左の目元を、頬を辿るように撫でると、クライサは猫のように目を細める。
常に頑なな心を持っているくせに、自分自身を失わないくせに、こうして脆い部分も見せてくるから、知らぬ振りが出来ない。それでいて救いの手などいらない、必要ないとはねのけるのだから、いつだってこちらに残るのは言いようのない無力感に似た何かだけだ。

「いくら治ったって、痛いことに変わりないんでしょ」

何度も、辿る。形の良い輪郭を撫でる指先に時折包帯が引っかかりそうになる。
少女が目を瞬いた理由が、彼女がもう一人の少女に同じことを言ったからだと、総司が気付くことはなかった。

「痛いのは当然ヤだけど、後悔はしないよ。あたしがする無茶は、いつだってあたしが本当にやりたいことだから」

「……千鶴ちゃんを、守ること?」

「ん、今回はそうだね」

「君が一人で頑張らなくても、新選組が彼女を守るよ」

「うるさいよ。あの子はあたしの友達。あたしの大事な人だから、新選組とか関係なく守ってる、それだけだよ」

「……そう」

頑固者だ。局長副長から始まり新選組には多くの頑固者が存在するが、彼女もそれらに劣らない。その“頑固”を貫き通す強い意志と力を持っているから、なお厄介だ。
隠れるように溜め息を吐くが、光を持たない筈の隻眼がしっかり睨み付けてくる。

「君、千鶴ちゃんのことが大好きなんだね」

「うん。ああいう、バカがつきそうなほどのお人好し、元々大好きなんだけどさ、千鶴は特別だね」

また、迷いのない肯定。
やれやれと肩を竦めた総司は、予想していた否定を確定にした。以前からわかっていたことではあるが、彼女に“無茶をするな”は通用しない。

「いいよ。君はどんなに深くに入り込んでいたとしても、やっぱり新選組じゃないんだ。君の思った通りに、納得するように動いたらいい」

「ん、元よりそのつもり」

「だけど、勝手に怪我しないで」

再び包帯越しに目元を撫でれば、クライサは少し驚いたように口を閉ざす。

「君は、僕の補佐なんだから」

暫しの沈黙の後、泣きそうに歪んだ顔で、クライサは微笑んだ。






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