クラちゃんはきっと怒るけど、私はもう彼女が傷付くのを見るのが嫌だった。それが私のせいだというなら、尚更。

「……いいだろう。ならば、お前の方からこちらへ来るがいい」

上機嫌そうに笑う風間さんに頷いて、彼の元へと歩みを進める。土方さんたちとお千ちゃんに申し訳なくもあるけど、私の我が儘に皆さんを巻き込むのはもう嫌だ。
クラちゃんは地面に膝をついたまま、動かない。顔にも体にも傷を負った彼女は血塗れで、こんなふうになる前に土方さんたちを呼びに行くべきだったと、彼女のそばを離れるのを躊躇ったことを後悔する。

(……どうして、私は)

クラちゃんはいつも私を守ってくれるのに、どうして私は何も返せないんだろう。
目尻に溜まった涙が零れそうになるけど、今泣いても仕方ないと袖で乱暴に拭った。

「ふざけるなよ」

ヒヤリ。背筋が凍るような声だった。
クラちゃんの脇を通り過ぎるところだった私の行く手を、すらりと伸びた彼女の愛刀が塞ぐ。

「アンタに千鶴は渡さない。本人が何と言おうとね。どうしても連れてくって言うなら、月並みだけど、あたしを殺してからにしてもらおうか」

底冷えのするような、クラちゃんらしからぬ低い声に、彼女の何かが切れてしまったことを知る。何も映っていない筈の目は鋭く風間さんを睨んでいる(多分、正確な位置まではわかっていないのだろうけど)。左目を傷つけられる前より殺気を孕んだ彼女に、私が口を出す隙はない。下がっていろ、という風間さんの声を受けて後退り、先程と同じくらいの距離をとった。

「黙っていれば拾えた命をむざむざ捨てるとはな」

風間さんの余裕は変わらないようで、浮かんだ笑みは更に深くなっている。

「いいだろう、相手をしてやる。…だがこちらも、もう遊びには飽いた。終いにするぞ」

「望むところだよ」

直後、急速に間合いを詰めた風間さんが刀を振り上げた。下ろす刃はあまりにも速く、風圧で攻撃を察したとしても防御が間に合わないことは私でも予想出来る。現に、クラちゃんの右手も左手も、反応出来ていなーー………違う。

(クラちゃん!?)

反応しない。動けないのでなく、動かない。防ぐ気がないのだ。もちろん、私が間に入る時間などなく、クラちゃんの動く気配のない左肩に刃が深々と食い込んだ。噴き出す大量の鮮血。その瞬間、空色の目が光った。

「……ッ!?貴様…」

刃は赤く濡れていた。血が噴き出し、滴り落ちるのは、風間さんの身体から。クラちゃんの振るった刀が、彼の胸部を切り裂いたのだ。
まさか反撃を受けるとは思わなかったのだろう、風間さんは深く受けた傷に険しく顔を歪めている。傷口自体は徐々に治り始めているみたいだけど、余裕をなくした彼の表情は変わらない。

「見えずとも、斬撃の瞬間ならば相手の身体はそこにある、という事か……ふざけた真似をしてくれる」

浅く速い呼吸を繰り返すクラちゃんの肩は、刃を抜かれて更に出血を増していた。遠目に見てもわかる、あの傷は骨にまで及んでいる。とても戦える状態じゃない。なのに、クラちゃんは右手に握った打刀を構えたまま、風間さんを睨む姿勢を崩さない。たまらなくなって彼女に駆け寄ると、風間さんの両脇に天霧さんと不知火さんが姿を現した。

加勢かと身構えたけれど、今夜はここまでだろう、という天霧さんの言葉がそれを否定した。次いで背後から、土方さんたちの声と足音が聞こえてくる。正門の方からは多少のざわめきは聞こえるが、先程まで鳴っていた戦いの音はおさまっている。

「千鶴、無事か!?」

「!麻倉……」

原田さんが私の身を案じてくれるけど、私はとても頷けなかった。土方さんはクラちゃんへと視線を移し、言葉を失う。

「…退くぞ。こいつはいつでも手に入れられる。今暫し預けてやろう。……小娘。貴様の命もな」

そう言い残して、風間さんたちは通りに面した塀を飛び越え、退いていった。土方さんは、彼らを追えという命令を下さない。隊士たちは刀を収め、張り詰めた緊張を解くように各々座り込んだり、溜め息を吐いたりしている。私は地面に膝をついた体勢のままのクラちゃんの脇にしゃがみ込んだ。

「クラちゃん、早く手当てを…………クラちゃん?」

重傷を負った左肩はダラリと下がり、左目は傷と流血に閉じたまま。全身を血に濡らしながら息を荒げるクラちゃんは、それでも刀を握り締めて、真っ直ぐ前を睨みつけている。つい先程まで、風間さんが立っていた場所を。
気を失っているふうではないのに私の声に応えてくれず、隊士たちを振り返る様子もない彼女に不安をおぼえて呼び名を繰り返していると、土方さんがクラちゃんの右手側に歩み寄り、私と同じように身を屈めた。

「麻倉」

震えるほど固く刀を握り締めた右手に、土方さんの手が添えられる。

「もういい……よくやった」

語りかけるような、囁くような低い声に応えるように、クラちゃんの強張った右手から力が抜けていく。愛刀が音もなく落ちた。それに比例するように右の瞼が落ち、弛緩して倒れそうになった身体を土方さんが受け止める。

「原田!山崎が怪我人の手当てに当たってる。連れて行ってやってくれ」

原田さんがそれに応じ、駆け寄ってくるのに頷いて、土方さんは私を見た。

「お前は山崎を手伝ってやってくれ。出来るな?」

「……はい!」

「遥架!被害を報告しろ」

「ええ」

気を失っているクラちゃんを軽々と抱き上げ、歩き出す原田さんの後を追いかけようとすると、入れ替わるように歩いてくる帯刀さんと目が合った。彼はすれ違いざま、私の肩をポンと叩く。

「麻倉君を除いては、被害はたいしたことありません。君がそんな顔をするものではないよ」

「帯刀さん…」

「彼女が目覚めても、謝るのはおよしなさい。君の気持ちはわかるけれどね。それはあの子の誇りを傷付ける行為だ」

「…………」

「だから、礼を言うといい。可愛らしく笑ってね。君の笑顔が、あの子は大好きだから」

「……はい」

帯刀さんの穏やかな口調は、私を自然と笑顔にしてくれる。頷いた私に帯刀さんは満足そうに微笑んで、土方さんの元へと歩いていった。






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