伊東派の離隊から三ヶ月近く経って。幾分落ち着きはしたが、まだまだ跳ね上がった仕事量に走り回る日々は続いている。

久しぶりにゆっくり話す時間が欲しくて、仕事の合間を見て千鶴の部屋を訪ね、寝支度をしていた彼女と少しの間、世間話が出来た夜。
起きてるか、と問う土方さんの声が襖の向こうから聞こえ、驚きながらも千鶴がはいと返す。どうやら彼は、千鶴に来客があったことを知らせに来てくれたらしい。

「千鶴に客って、誰?」

「来ればわかる……って、なんだ麻倉、お前もいたのか」

お前も来い、と言うだけ言って去ってしまったらしいのを襖のこちらから気配で察し、とりあえず千鶴の着替えを待つことにして部屋を出た。



「千ちゃん?」

「お千ちゃん!」

千鶴と共に向かった広間には、近藤さんはじめ幹部たちが勢揃いしていた(微笑む総司と目が合ったが、今日は体調が良かったらしいし小言は勘弁してやろう)。
彼らと相対していたのが、あのアクティブ系美少女、千ちゃんである。千鶴の客、というのはどうやら彼女のことのようだ。

「千鶴ちゃん、お久しぶり〜!」

千ちゃんの笑顔に千鶴は安心した様子で、だけど困惑しながら彼女に歩み寄っていった。幹部のみんなは、ひとまずこの場は千鶴に任せるつもりのようで、彼女らのやり取りを見守っている。
千ちゃんの隣には忍び装束を着た美女が立っており、千ちゃんは彼女を自身の護衛役のようなものだと話す。目が合った土方さんの言いたいことをなんとなく察して、あたしは千鶴の傍らに控えることにした。

「それで、お千ちゃん。ここには何の用で来たの?」

「私ね、あなたを迎えに来たの」

「……は?」

思わず間の抜けた声を零してしまったあたしに非はない筈だ。困惑したのは他の面々も同じなようだ、うん、あたし悪くない。

「えっと……どういう意味?お千ちゃんの言うこと、よくわかんないよ」

「まだ状況を理解していないのね。でも、心配しないで。私を信じて?」

「時間がありません。すぐにここを出る準備をしてください」

一番困惑していた千鶴が問うが、返ってきたのは答えではなかった。わけもわからず急かされて、千鶴が待ったを叫ぶ。様子を見守るつもりだった面々の中から、新八が声を上げた。

「いきなり訪ねてきて会わせろって言い出すし、会わせたらいきなり連れてくだ?頼むから、俺らにも理解出来るように説明してくんねぇか?」

「私からもお願い、お千ちゃん」

「……そうね。じゃあ、順を追って説明しましょう」

そう言って千ちゃんは、皆をぐるっと見回す。この場にいる全員に聞いてもらおうというつもりらしい。

「あなたたち、風間を知っていますよね?何度か刃を交えていると聞きました」

何故そのことを知っているのか。問いは土方さんのものだ。

「ええと…この京で起きていることは、だいたい耳に入ってくるのです」

「なるほど。お前も奴らと似たような、胡散臭い一味だってことか」

「あんなのと一緒にされると困るんだけど。でも、遠からず……かしら」

池田屋、禁門の変、二条城。薩長方として新選組の前に立ちはだかることもあれば、『鬼』として千鶴を狙ってきたこともあった。それを話せば、彼らが鬼という認識はあるのか、ならば話は早い、と千ちゃんは頷く。

「実を申せば、この私も人ではありません。私も鬼なのです。本来の名は、千姫と申します」

微笑み、優雅に一礼する姿は、まさに姫君のそれだ。
彼女の隣に立つ女性は、千ちゃんーー千姫に代々仕えている忍びの家の者だと言った。

「なるほどな。やけに愛想が良いと思ってたが、てめぇの狙いは最初っから新選組の情報を仕入れることか」

「さあ、何のことに御座りましょう?」

土方さんに睨まれても、彼女は少しも動ぜず、にっこり笑って小首を傾げてみせる。知り合いなのか。不思議そうにしている新八に、あたしは溜め息を吐いた。

「…だから新八は女の人にモテないんだよ」

「はぁ!?なんだよ急に!」

「君菊さんだよ。カッコは違うけど、顔は一緒でしょ?」

「な……何ぃ!?」

髪型・服装・化粧が違うと、たとえ同一人物でも新八にはわからないらしい。……そういえば、平助は千鶴と薫の違いを服装で認識してたっけな……うん、やっぱこの二人、左之には一生かかってもかなわないな。
千ちゃんの話に戻る。

「この国には、古来から鬼が存在していました。幕府や、諸藩の上位の立場の者は知っていたことです」

「けど、過去も今も一般市民はそれを知らない。つまり、鬼たちは人々と関わらない形で暮らしていたってこと?」

「ええ。ほとんどの鬼たちは、人々と関わらず、ただ静かに暮らすことを望んでいました。ですが…」

続いたのは想定内の言葉だ。
時の権力者は、鬼の強力な力に目をつけ、自分に力を貸すように求めた。しかしというか当然というか、多くの者は拒んだ。人間たちの争いや野心に、何故自分たちが加担しなければならないのかと。だが、そうして断った場合、圧倒的な兵力が押し寄せて村落が滅ぼされることさえあったのだ、と千ちゃんは語る。

「鬼の一族は次第に各地に散り散りになり、隠れて暮らすようになりました」

そして人との交わりが進んだ今では、血筋の良い鬼の一族はそう多くない。……つまり、それがアイツだというわけだ。

「今、西国で最も大きく血筋の良い鬼の家と言えば、薩摩の後ろ盾を得ている風間家です。頭領は、風間千景」

予想していたとはいえ、その名を聞くだけでクライサさん、顔が歪むのを自覚します。
そして。

「東側で最も大きな家は雪村家」

「えっ!?」

不意に出された家名に千鶴が驚きの声を上げた。






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