複数の幹部が同時に離隊した影響は、実務的にも精神的にも大きい。そして、沖田さんの体調も悪化の一途を辿っている。その穴を埋めるため、組の再編成を行ったり、組長代理を立てたりと、動ける幹部の皆さんは息つく暇もないような毎日を送っているようだった。
斎藤さんと平助君が伊東一派とともに離隊してから一ヶ月。屯所は未だ慌ただしい空気に包まれている。

「千鶴、お茶ちょーだい」

「あ、クラちゃん。おかえりなさい」

「ん、ただいま」

それは戸口から顔を覗かせた彼女も例外ではなく、毎日あちらこちらに駆け回っているようだ。今日も朝から忙しそうにしていて、土方さんのお使いに出かけるのを半刻前に見送ったばかりだった。
ちょうど沖田さんにお茶をお持ちするつもりで準備をしていたから、突然のお願いにもすぐに対応でき、クラちゃん用の湯飲みを出してお茶を注ぐ。

「お茶請けは…あ、確か落雁があった筈だから…」

「あ、いいよいいよ。これから平隊士に稽古つけなきゃいけないんだ」

暗にゆっくりお茶を飲んでいる時間はないのだと言って、淹れたばかりのそれを一気に飲みほした。ありがとう、と返された湯飲みを受け取りながら、ここ暫く、ずっと気になっていたことを尋ねてみる。

「クラちゃん…その、大丈夫?伊東さんたちが離隊してから、休んでるところをほとんど見てないんだけど…」

今や新選組幹部の一員と言っても過言ではないクラちゃんは、他の幹部の皆さんと同じように隊士たちの稽古や巡察に当たり、多忙な土方さんの補佐や、病床の沖田さんのお世話までこなしている。正直、彼女のほうこそ倒れてしまうのでは、というような仕事量なのだ。

「ん?ああ、大丈夫だよ」

心配しないで、とクラちゃんは笑う。それが無理をしたものではないように見えて、少しだけ安心した。

「ちゃんと息抜きしてるし、元々これくらいの忙しさには慣れてるから。それに、あたしは他のみんなと違って無茶がきくしね」

「無茶って…」

「前にも言ったでしょ。あたしの身体は、ここにやって来た時の状態を維持するようになってるの。だからたくさん仕事して疲れても、身体が勝手に元の状態に戻ろうとするから、疲労を溜め込むようなことはないんだ。食欲や睡眠欲も同じだね。仮に丸一日何も食べないことが数日、数週間、数ヶ月単位で続いても、あたしが餓死することはない。まぁ最初の状態がそれなりに空腹だったし睡眠も足りてるとは言えなかったから、食事も睡眠もとれるけどね」

「…………」

「とはいえ、あくまであたしの身体が維持されるのはここに来た当初の状態で、それ以上に改善されることがないのは考え物だけど。それに肉体的に疲労が溜まらなくても精神的疲労が無いわけじゃないし、食事が楽しめないのは悔しいし、睡眠をとらなきゃ頭も気持ちもスッキリしない、何より食事や睡眠断つとテンション下がるんだよ。脱水症状にならないとはいえ喉は渇くから、今みたいにお茶も飲みたくなるしね」

「……えぇと、つまり」

「アンタが心配する必要はないってこと」

そう言って笑う顔もいつも通りで、これは本当に私が心配する必要はなさそうだと思ってしまう。……ちょっとだけ悔しいから、これからもクラちゃんの顔色だけは注意して見よう…。
と、戸口の向こうから男性の声がした。

「麻倉組長代理!」

途端、クラちゃんの顔から表情が消える。

(……あ、)

ひと瞬きの後、苦笑を浮かべて振り返る。彼女を呼んだのは平隊士だった。

「その呼び方やめてって、何度も言ってるでしょうに」

「あ、いや、しかし…」

「……何、用事は?」

「副長がお呼びです。副長室に来るように、と」

クラちゃんがわかったと頷けば、隊士は一礼して踵を返す。

「クラちゃん……」

その姿が見えなくなっても微動だにしない背に、私はたまらず声をかけた。
彼女と平隊士の今みたいなやりとりを、ここ最近何度も見ている。
麻倉組長代理。
伊東さんたちが離隊した後から呼ばれるようになったそれを、クラちゃんは好ましく思っていない。

「……なんでかな」

斎藤さんと平助君の抜けた三番組や八番組には、組長代理が立っている。しかし一番組には立てていないと聞いていた。
なのに、隊士たちはクラちゃんをそう呼ぶ。沖田さんの補佐役である彼女は、一番組隊士を率い、面倒を見て、組長の留守を守っているから。自然と定着してしまった呼称に、クラちゃんは頷かない。

「あたしは総司の背中を守るために、『ここ』にいるのに」

「クラちゃん…」

声はとても小さかったけれど、確かに私に届いていた。だけど、何度瞬きを繰り返しても、彼女にかける言葉を見つけられない。

「アイツの代わりになるため、じゃないのにな……」

沖田さんの居場所を奪ってしまうかもしれない未来を、クラちゃんはずっと恐れていたのだ。





back




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -