部屋に着くと、あたしは千鶴を座らせてから小棚を漁り、手当ての道具を持って彼女の前に腰を下ろした。その動作に促されるように、あたしが何も言わずとも千鶴は傷口を露わにするように、右肩から着物を落とす。

「……そんな顔しないでよ」

伏せられてしまった顔に声をかけながら、血塗れになった腕に手を伸ばす。そこにあった刀傷は、予想通り、既に塞がり始めていた。
彼女が頑なに自分で手当てすると言い張っていた理由はこれだ。傷の治りの早さ。回復力の『異質』。これを他人に見られたくなかったからだろう。あの拒絶は遠慮から来るものではなく、彼女自身が嫌がっていたからなのだ。

「気にしなくていいって言ったでしょ」

予想していたから、というわけでもなく、その様子に驚きもしなかったあたしは、傷の手当てに取りかかる。視線は手元に落としたまま、口を動かすことも忘れずに。

「アンタが異質なら、あたしは何」

「……!」

「確かに、この回復力は普通の人間と比べたら異常かもしれない。でも、『この世界にとって異常』よりはマシなんじゃない?」

「……クラちゃん、は」

「ん?」

「私が、気持ち悪く…ない?」

……。この期に及んで何を言っているのだろうかこの子は。あたしの言ってることわかってんだろうか。……。仕方ない。

「あたしはね、この世界にいる間、ずっと年をとらないんだ」

「……?」

唐突な言葉に千鶴は首を傾げる。そりゃそうだ。先の問いの答えになってないんだから。

「何年、何十年経って、アンタやみんなが年とって、おばあちゃんやおじいちゃんになっても。あたしはずっとこのままなんだよ」

「…あ……」

「何一つ変わらない。変われないんだ。あたしの世界の『理』が、あたしの『時』を守るから」

何十年、何百年経とうとも、この世界にいる限り(『理』があたしを守っている限り)、あたしはこの姿のまま生き続けるのだ。ーー気味が悪い。普通の人間の目から見たら、その筈だ。同じ人間とは思えないだろう。時の流れに置いていかれてしまうあたしでは、普通の人間にはなれない。自分と違うものを嫌い、恐れ、疎む人間が多いことはよく知っている。それがどんな状況を生み、どんな悲劇を起こすかも、十分すぎるくらいに知っていた。

「この世界にとって、とんでもない『異常』なんだよ。あたしは」

包帯を巻き終えて腕を放した手を、今度は千鶴の手が捕まえる。そこに込められた力が思いのほか強くて、あたしは目を瞬いた。顔を上げれば、今にも泣き出しそうな千鶴がいる。この表情には覚えがあった。一度目は二条城で、二度目はあたしが人を殺した日。

「……千鶴。あたしのこと、気持ち悪いって思う?」

ぶんぶん、と。とれてしまうのではと心配になるほど首を振って否定した千鶴に、あたしは笑む。予想通りのーーいや、期待通りの答えだった。

「なら、あたしの答えだってわかるでしょ。アンタを気持ち悪いなんて思わない。アンタはあたしの、大切な友達なんだから」

「……クラちゃん…」

「だから、アンタはあんまり怪我しないでね。今回はしょうがなかったかもしれないけど、アンタの格好見て本当に驚いたんだから」

「私は大丈夫だよ?怪我してもすぐに治るし…」

「いくら早く治ったって、怪我したら痛いのは同じでしょ?」

千鶴は少しの間だけ黙って、それから小さく頷いた。当たり前だ。どんなに回復力が高かろうと、痛覚そのものが麻痺していない限り、痛みを感じないわけがない。

「アンタがあたしを心配してくれるように、あたしもアンタを心配してる。痛い思いも苦しい思いもしてほしくない」

「…うん、私もそう。クラちゃんが痛い思いするのは嫌」

怪我した本人よりよっぽど痛そうな顔をする。わかってる。痛い思いをしてほしくない、と言うあたしこそが千鶴にそんな顔をさせているのだ。泣き顔を見たくない。だけど彼女を泣かせているのは、やっぱりあたしだ。

「クラちゃんも、新選組の皆さんと同じように『戦う人』なんだって、なんとなくわかるの。だから、無茶しないで、って言っても聞けないんだよね」

「…そうだね。アンタには悪いけど」

「うん…だから、せめて」

せめて、痛いことも苦しいことも、隠そうとしないで。
まっすぐにあたしを見て、千鶴は言う。あたしはやはり、目を瞠る。

「痛い時は、痛いって言って。苦しい時は、苦しいって言って。一人で抱え込もうとしないで」

寂しいよ、と俯いた千鶴に、あたしはついに溜め息を吐いた。

「……ここは、あたしがアンタを慰める場面だと思ってたんだけど」

「え!?あれっ!?」

「まったく…自分が怪我した時くらい、自分の心配すればいいのにさ。千鶴がそんなだから、あたしも心配になるんだよ」

「だ、だって…」

俯きながら口ごもるのに笑いながら、千鶴の着物を直してやる。ああそうだ、まさか血塗れのまま寝させるわけにはいかないし、何か着替えを貸してやらねば。思い立つと同時に行動に出ると、背後から小さな声。

「……ありがとう、クラちゃん」

ーーまったく、しようのない子だ。

いつでも他人のことばかり気にして、自分のことなんてほったらかし。あんな派手な傷を負っても、痛いの一言も言わずに周りばっかり気にしてる。
果てはこのあたしに説教だ?まったく、本当にどうしようもないお人好し。ーーだけど、どうしようもなく愛おしい。

「……甘っちょろい奴に弱いんだな、あたしって」

「え?」

「んーん、なんでもない」

ーーねぇ、エド。守りたいって思ってもいいよね?






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