駆けつけた千鶴の部屋には、既に土方さん始め幹部隊士たちがいた。彼らの視線を追えば、部屋の中央の畳が血に塗れ、その中で息絶えている羅刹の姿が見える。
「千鶴っ!」
「あ、クラちゃん…」
土方さんのそばに立つ千鶴を見つけて声をかけ、振り返った彼女の姿に目を瞠った。右の二の腕から溢れた血が、袖をぐっしょりと濡らしている。この羅刹に襲われたのだ。
「…結構深く斬られたね。手当てしなきゃ」
「ううん、自分で…」
「な、なんなんですか、これは!?」
土方さんが舌打ちする。やはりあたしたちの他にも騒ぎを聞きつけた奴がいたのだ。
「そこの隊士はどうしたんですか!?あぁっ、部屋を血で汚すなんて!なんて下品なっ!!」
顔も声も引き攣らせた伊東が、ぎゃあぎゃあ騒ぎながら部屋に入ってくる。一様に刀を抜いた幹部たち、部屋の中心を汚す血塗れの隊士……確かに異様な光景だ。彼の反応もわからなくはない(個人的には、うっせんだよ事態がややこしくなるから出てくんな、という気分だが)。
「幹部がよってたかって隊士を殺して……説明しなさい!一体、何があったんです!?」
「皆、申し訳ありません。私の監督不行届です」
幹部たちが沈黙する中、意外にも姿を現したのは山南さんだった。彼が死んだと聞かされていた伊東は当然、驚愕に染まった顔で硬直する。
「さ、さ、ささ、山南さん!?な、なぜ、あなたがここに……!!」
「さて何故でしょう。1、実は山南さんには双子の弟がいました。2、ここは過去の世界です。3、お前はもう死んでいる」
個人的には3がオススメなんだけど、と言った瞬間に土方さんに殴られた。グーで殴られた。余計なこと言わねぇで黙ってろ、とその横顔が語る。ツッコミすら入れてくれないらしい。せっかく場を和ませようとしたのに。ちっ。
「その説明は後ほど。とにかくこの場の始末をつけなくては」
羅刹隊を任されている山南さんとしては、こんな形で暴走してしまった隊士が出たことに責任を感じているのか、沈痛な面持ちだった。
「山南さんのせいじゃねぇよ」
「薬の副作用ってやつなんだろ?しかたねぇって」
新八や平助の言葉を聞きつけて、一体何のことだ、どういうことなのだと伊東は山南さんに詰め寄る。伊東は仮にも新選組の参謀。その自分を幹部たちが揃って騙していたことが許せないらしい。山南さんの口からちゃんと事情を説明してもらう、と詰める彼の声に、山南さんは頷きもしなかった。……ただ、苦しそうに呻くだけで。
「聞いてるんですか、山南さん?」
「……うぐぅ……っぐぁぁああ!」
苦痛に顔を歪めた彼の髪の色が、みるみる白く変わっていく。異変を悟ったあたしが行動を起こすより早く、山南さんの手が伸びていた。
「きゃあああっ!?」
「千鶴!!」
山南さんに手首を掴まれた千鶴が悲鳴を上げる。羅刹の凄まじい力だ、振りほどくことは出来ないだろう。ミシミシと音が聞こえてきそうな様子に、無意識のうちに手が腰の刀へ伸びる。
「血……血です…血をください。君の血を、私に……」
千鶴の腕に触れた手が、傷口から血をすくいとった。山南さんまで血の匂いにあてられてしまったのか。やめろ、離せ、と声を張る皆の迷いを、土方さんが断ち切った。
「取り押さえろ!多少手荒になってもかまわねぇ」