バサリと頭から被せられた羽織りを払いのけ、顔を上げればそこには見慣れた笑顔があった。

「子どもは寝る時間だぜ。何やってんだ、そんな薄着で」

「左之」

「若い女が身体冷やすもんじゃねぇぞ」

促されて、渡された羽織りを肩にかける。寝る前だったこともあり薄着で若干肌寒さを感じていたから、この気遣いは有り難かった。さすが新選組有数の紳士。

「あたしを女扱いしてくれるの、左之くらいだよね」

「実際女だろ?ま、確かに女にしとくのが勿体無いくらい強ぇけどよ」

「あはは、よく言われる」

いつもと同じ調子で笑ったら、左之の微笑みが深くなった。ポンと頭を叩かれたかと思えば、犬猫にするように撫でられる。

「ほんと、強ぇよ。お前は」

「左之?」

「そうやっていつも笑えんだからな。…楽しいことばかりじゃないだろうによ」

「…そだね」

左之の言葉の意味するところがわかって、あたしは少しだけ顔を俯ける。それでも口は笑んだままだ。相変わらず頭を撫でる手はあたしを子ども扱いしているようだけど、彼の気持ちもわかっているから、あたしはそれを振り払わない。
やがて、その手が髪を滑り、左の頬にまで下りてきた。

「傷、残らなくてよかったな」

目の下辺りを親指が辿る。つい先日、新八との稽古の際にあたしの不注意で傷が出来た箇所だった。ほんの掠り傷だったからすぐに治ったし、その痕跡ももう残ってない。
見下ろしてくる左之は安堵した様子で、年頃の女子の顔に傷が残ることを本当に心配してくれていたのだとわかる。稽古の直後も、彼は本気で新八に怒ってくれたのだ。その気遣いは素直に嬉しい。

「……残らないよ」

けど、あたしの口からは意識せず低い声が漏れた。
きょと、と目を丸くした左之に申し訳ない気持ちになりつつも、頬に触れていた手をそっと外す。左之は何か言いたげに口を開くけど、声を発する前に第三者の気配に気付いてあたしたちは振り返った。

「左之助、麻倉君」

「遥架」

「どしたの、ハル」

彼にしては珍しく駆けて来たものだから、あたしたちはすぐに有事だと察する。肩に掛けていた羽織に腕を通して、ハルに向き直る。

「緊急事態です。『羅刹隊』の隊士が一名、山南さんの管理を外れました」

「…ちょ、それって」

「ええ。おそらく、血を求めて人を襲おうとしているでしょうね。まだ屯所を出てはいない筈ですが」

待機命令を無視して単独行動に出たということは、きっとその隊士は血に狂った化け物になってしまっている。それを野放しにすることがどれだけ危険か、わからない筈がない。
他の幹部たちも捜索にかかっているらしい。ならばとあたしたちも動き出す。

「平隊士を巻き込む前に処理してください」

「『処理』ね」

「もちろん、その必要性が無いに越したことはありません。…けれど、期待は出来ないでしょうから」

「……ああ」

外の警戒に当たると言ったハルと別れ、建物の中へ足を向けたあたしと左之は手分けして探すことにする。休んでいる筈の平隊士たちに感づかれないよう注意し、また十分警戒しながら、羅刹の気配を窺う。

「ーーっ!!」

そのあたしの耳に届いたのは、声。

『誰かーー、』

助けを求める声。間違える筈がない、千鶴だ。






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