頭の中がごちゃごちゃしてる。どうにも眠れる気がしなくて、床に入ることもなく外へ出た。
昼間はあれだけ眠かったのに、考え事をすると途端に眠気がどこかへ行ってしまう。腐っても科学者、ということだろうか。もうあたしは『氷』の二つ名を背負ってはいないけれど、錬金術師であることに変わりはないから。

「……三年か…」

三年。この世界に来てから、もうそれだけの時間が経っている。この世界の前にはまた別の世界にいたから、あの生まれ育った世界に帰っていないのはもっと長い時間だ。
人気のない境内で、月明かりのみを頼りに両手のひらを見下ろす。やはり、それを映すことが出来るのは左の眼だけだ。『あの時』言われた通りに機能の落ち始めた身体。最初にそれが顕著に現れたのは、右眼の視力だった。

「……」

両目を伏せ、右の瞼を右手のひらで覆う。
今、この目で見えるものは無い。周囲の明暗が漸くわかる程度だ。そこに何があるか、誰がいるか、輪郭さえも読み取れない。死んでいると言っても過言ではないのだ、この右眼は。

(三年)

本来なら、これだけの時間が経っている今、失ったものは右眼だけでは済まなかった筈だ。右が見えなくなったのならば左、手足に障害が出てもおかしくはない。…そもそも、命を失っていないことこそ確信出来ない。
あたしが今、こうして自由に行動出来るのは、ひとえに。

「……理(ことわり)」

あらゆる世界に存在する、その世界の根本。あらゆる物質、事象が、守られ、縛られるべき『世界の理』。
あたしの世界のそれがあたしを包んで守ってくれているから、あたしの身体は他の世界の時間を刻まない。あたしの世界を離れたあの瞬間から、この身体は『維持』されているのだ。だからこれ以上、あたしが何かを失うことはない。そして同時に、取り戻すこともない。
ただ、錬金術だけは別だ。あれはあくまでも利用するエネルギーを自身の生命力としているだけで、元の世界の理に縛られた事象だ。使い過ぎれば寿命を削ることになり、その影響は肉体に表れる。もちろん、そんなヘマはしないが。

手を離し、両目をゆっくりと開ける。半分の視界に映るのは、自身の影の落ちた地面。

「……!?」

しかし、その瞬間。
一方だった視界すらも、突然の暗闇に覆われた。





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