「もしそうなら、問題大ありだね。君には死んでもらうことになるけど」

随分と思わせぶりな薫さんの問いに返したのは、クラちゃんではなく、私たちの背後から歩いてきた沖田さんだった。

「あら、新選組の沖田さんじゃありませんか。いつぞやは、どうもありがとうございました」

「で、答えはどっち?心当たりはあるの?ないの?」

薫さんは軽く頭を下げたが、沖田さんはそれを無視する。表情は笑顔だけど、動きは隙がない。いつでも抜刀出来るような体勢に見えた。
助けを求めるような気持ちでクラちゃんの方を見れば、彼女は私の視線には気付いていないみたいで、薫さんだけにじっと注意を向けている。沖田さんみたいに刀を抜く気はないようだけど、それでも刺すような空気を纏っている。

「死んでもらうなんて。そんな怖いこと、言わないでくださいな。三条大橋なんて、昼間は誰でも通るところじゃないですか。それに夜なんて…あの制札騒ぎで、怖くて近付けやしません」

まさにその制札事件について聞きたかった私達たち心情を知ってか知らずか、薫さんは平然と落ち着き払っている。

「なのに、ただ顔が似てるというだけで私を疑うなんてひどいです。そんなこと知りません…」

「…あ、いえ、違うならいいんです!やっぱり、薫さんなわけないですよね」

薫さんが悲しそうに顔を伏せたから、私は慌てながらとっさに首を振る。だけど沖田さんは私に、どうしてそう思うの、と言って厳しい眼差しを向けた。

「女の人だから?それとも自分と似てるから?」

「そ、そういうわけじゃないんですけど…」

焦って言い訳しながらも、私は後ろめたさを感じていた。薫さんは普通の女の子だから犯人じゃない。そう思ってしまっていたのは事実だ。

「もう行ってもいいですか?それじゃ、私、失礼します」

慌てて呼び止めた私の声は届かず、薫さんはまるで逃げるようにその場から立ち去ってしまった。彼女を庇ってよかったのだろうか、もう一度追いかけたほうがいいのだろうか。迷う私を沖田さんが呼ぶ。やはり表情は厳しいものだ。

「彼女…薫さんのことだけど。制札事件のこと、確かめたかった気持ちはわかる。大事なことだからね」

でも、と沖田さんの声は続く。それなら尚のこと、一人で動くべきじゃない。敵が現れたら、私一人では対処出来ないのだから。

「もし彼女が君を誘き寄せるつもりだったら、この場所は格好の襲撃場所だよ」

「……はい」

「一緒にいる以上、行動には注意してもらわないと。自分は役立たずの子どもだって、自覚しなよ」

「……すみません」

私はクラちゃんみたいに、隊士と共に戦うことは出来ない。自分の身でさえろくに守れない。いつも助けてもらってばかりだから、少しでも皆の役に立ちたかった。
……だけど、余計に迷惑をかけてしまった。

「妙な遠慮はやめなよ」

溜め息混じりな彼の声音に顔を上げると、沖田さんの表情は呆れたものになっていた。

「頼るべき時は頼ればいいんだからさ。まぁ、今更迷惑だなんて思わないから。散々かけっぱなしだからね」

そう言って、微かに笑った。

「さて、それじゃあ戻ろうか」

沖田さんは踵を返して元来た道を歩き出す。ずっと黙ったままだったクラちゃんに声をかけようと、私がそちらを向くと、急に浅葱の羽織を押し付けられた。

「ごめん、先戻ってて」

クラちゃんはそう言って、私たちが止める間もなく、薫さんが消えた方向に駆けて行ってしまった。






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