慶応三年、三月。
京の都にはもう桜が咲き誇っていて、すっかり春って感じだ。気温も上がってきたし、思わず巡察中に欠伸が漏れてしまっても仕方ない筈。つーかぶっちゃけ寝不足なんです。

今日の巡察には千鶴がついて来ていて、うちの組長はちょっと前から彼女の相手をしてやっている。会話に参加しないまでもそのやりとりを聞いてみると、なんか伊東の話になっていたから、やっぱり参加しないで勝手にやらせとくことにした。
眠い…………あ、美味しそうなお団子。みたらしか……バニラアイスに醤油垂らすとみたらし風味になるって本当かな……

「ーー薫さん!」

と。完全に意識が巡察とは違うほうに行っていたところで、唐突に千鶴が声を上げた。

「ちょっと!」

「ごめんなさい、沖田さん!どうしても確かめたいことがあるんです!」

何事かとそちらへ目を向ければ、呼び止める総司に謝罪しながらも、人込みの中に飛び込んでいく千鶴の姿が一瞬見えた。彼女が呼んだ名を思い返し、同時に意識を切り替える。
薫さん、と彼女は言った。それがあの、『南雲薫』だとしたら。

「!麻倉君!!」

なんとなく嫌な予感がする。
組員たちに指示を飛ばすのは総司に任せ、あたしは千鶴の後を追って駆け出した。

『あたし、嫌いだ』

彼女が実際何をしたのか、あたしは知らない。左之たちの邪魔をしたのは全くの別人で、彼女は本当にただのお嬢さんなのかもしれない。
だけど。

(ダメだ)

理由なんか無い。根拠なんか知らない。だけど、どうしても。

(千鶴に近付かせちゃ、ダメだ)

人込みを抜け、裏通りに入って暫く。他に人影の見えない細い道の中央に、探し人の姿はあった。

「ち…じゃない、雪村君!」

「!ク……麻倉さん」

ここまで走り続けていたのだろうから無理もない、体を折り曲げてゼィゼイと息を繰り返していた千鶴がこちらを向く。そのそばに立つ女性は、少しばかり驚いたような、きょとんとした顔をしていた。
こうして千鶴と並べてみるとよくわかる。本当によく似た顔立ちだ。女性らしい出で立ちをしている分、『薫さん』のほうが千鶴よりも遥かに女性的だけど。……いや、オーラもだいぶ女性的だ。悪いけど、千鶴が同じ格好をしても、ここまで女らしくはならないだろう。

「あの、薫さん?私のこと、覚えてますか?」

「ええ、新選組の人と一緒にいた人ですよね。覚えてますよ。急に声を上げて追ってくるものだから、びっくりしたじゃないですか」

「いきなり追いかけてごめんなさい。あなたにちょっと聞きたいことがあって」

ああ、やっぱり。
確かめたいことがある、と千鶴は総司に言い残して行ったから、大体予想はついていたのだ。
三条大橋で土佐藩士たちを捕らえた十番組の邪魔をした、千鶴によく似た女。
それが彼女であるのか確かめようとしているのだろうが、どう聞いたらいいものかと、千鶴はなかなか口を開こうとしない。

「南雲薫さん?単刀直入に聞かせてもらうよ」

だからかわりに、あたしの口を開くことにした。

「秋の晩、三条大橋でこの子とよく似た人物が新選組の邪魔をしたんだけどさ。それって、アンタ?」

あたしは新選組として質問をしたにも関わらず、彼女の表情は変わらない。余裕すら感じられる、落ち着いた表情。あたしと千鶴の視線を受け止めながら、彼女は微笑んだ。

「…もしもそうだったなら、どうします?」

答えた声は、背後から聞こえた。






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