巡察に向かう斎藤さんと井上さんを見送った後、境内から聞こえる耳慣れた声が気になってそちらへ向かってみると。

「あれ、千鶴ー?」

「平助君」

平助君と原田さんが立っていた。その近くでは永倉さんとクラちゃんが稽古をしていて、平助君たちはその見学をしているみたい。
私も彼らのそばに歩いていき、見学をすることにしたのだけど……気になるのは、木刀を持っているのは永倉さんだけで、クラちゃんは丸腰だということ。

「あの、これはどういう稽古なんですか?」

「あれ、千鶴はこれ見るの初めてか?」

「結構頻繁にやってるぜ。簡単に言えば、クライサの見切り訓練ってとこだな」

「見切り…」

確かに、攻撃を仕掛けているのは永倉さんだけで、クラちゃんは回避に徹しているみたい。永倉さんの剣はとても重いらしいから、素手では防御も出来ないと思う。

「クライサは大した奴だよな。新八の剣を悉く避けてやがんだから」

原田さんの感嘆の声に、平助君が同意する。
クラちゃんは凄まじい勢いで繰り出される攻撃を、どれも紙一重のところで避けている。それが精一杯というわけではなく、不要な体力を使わないようにそうしているのだとわかった。彼女の表情は、余裕に満ちていたから。
息つく暇もなく木刀を振るう永倉さんもすごいけど、それを避け続けるクラちゃんもすごい…!!

胴を払うように薙いだ木刀を、クラちゃんは地面を蹴って飛び上がることで避けた。そしてその勢いのまま永倉さんの肩に手を置き、彼の頭上を越えていく。
だけど永倉さんの反応もはやい。クラちゃんが空中にいる間に身を翻し、鋭い突きを繰り出した。当然、彼女には避けるすべがない。

「(危ない!!)」

思わず声を上げそうになったけど、クラちゃんの表情は変わらなかった。
空中にいるまま、雪駄を履いた足を突き出し、自身を狙っている木刀の先を踏みつける。そしてそれを足場に、くるんと体を回して更に後方へと飛んだ。

危なげなく着地した彼女に安堵の息を吐く間もなく、クラちゃんは飛び込むようにまた地を蹴る。再び始まる連続した攻撃、彼女は卓越した身のこなしでそれを避け続ける。
それは、突然来た。

「ーー!!」

永倉さんの突き出した木刀の先が、クラちゃんの頬を掠ったのだ。擦り切れたような傷口から微かに血が零れるのを見て、永倉さんが手を止める。原田さんや平助君も、彼と同じように目を瞠っていた。

「あー、見切りが甘かったか」

私たちの反応とは正反対に、顔色一つ変えずに呟いたクラちゃんは、左の頬を手の甲で拭う。

「おい新八!よりによって顔に傷付けるか!?」

「わ、悪い麻倉!!わざとじゃねぇんだ!!」

「あーあ、女の顔に傷付けるなんて、悪い男だなぁ新八っつぁん」

「いーよ気にしなくて。大した傷じゃないし、あたしが避けきれなかったのが悪い」

手当てしようと駆け寄った私を手で制し、クラちゃんは永倉さんにそう言った。永倉さんはそれで幾分か安心したようだったけど、原田さんと平助君は「だからお前は女にモテないんだ」だの「無神経」だのと声を荒げている。

「……クラちゃん?」

「んー…」

視線を戻してみれば、クラちゃんは頬の血を拭った右手の甲を見つめていて、何か考え込んでいるようだった。






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