十一月。秋も深まり、涼しげな風が肌寒さを感じるくらいになった今日この頃。
相変わらずの幹部不足で多忙な組長たちと違わず、もろもろやることの多いあたしは、土方さんのおつかいで市中に出ていた。
その帰り道、大通りを列をなして歩く浅葱色に出くわす。あたしに気付いた隊士たちが頭を下げるのに手を上げて返して、列の後ろを歩いていた三人に声をかけた。
「おつかれ」
「よう、麻倉」
今日の巡察当番は二番組と十番組。その組長ふたりに挟まれた千鶴が、クラちゃんもお疲れさま、と微笑む。
巡察組はどうやらこのまま屯所に戻るようなので、土方さんに急いで戻る必要はないと言われていたことだし、あたしもご一緒することにした。
「じゃ、さっきの続きな」
と、後ろを歩く新八が切り出し、その隣の千鶴が応じる。
「伊東派が分離して、新選組にどんな影響が出たかわかるか?」
「……隊士の人数が減った、とか…?」
新八の口振りがまるで学校の先生のようで、ちょっとおかしくなってしまう。
なに、先生ごっこでもしてんの、と隣を歩く左之に尋ねると、最近世間も新選組も大きく動きがあったという話から、このやりとりに発展したのだと教えてくれた。
まぁ、うん。確かにいろいろあった。半年前に伊東派が離隊し御陵衛士に加わったこと、明治天皇の即位、大政奉還。
「半分正解。確かに人は減った。それも、最近の幕府寄りな新選組に異を唱える尊王派の連中がごっそりとな」
「てことはまぁ、残った奴のほとんどは、幕府優先の佐幕派ーーってことになるわけだ。……全員がそうじゃないけどな」
「ああ。……こないだ近藤さんが直参になって、俺たちも幕臣になることが決まった時、もめた奴がいたこと、覚えてねぇか?」
「……屯所を不動堂村に移転する頃でしたよね」
『直参』は徳川家直属の武士を指すから、普通の大名に仕える家臣とは全く立場が違う。新選組が幕府寄りでなく、完全に幕府の一部となると、反発も大きかったのだろう。千鶴の言うように屯所を移転する頃、離隊するしないで大もめになったのだ。うまく離隊出来た者もいたけど、何らかの名目で羅刹隊に回された隊士もいたと聞いてる。
「おふたりは、直参のことってどうなんですか?」
「……俺らは、立場とかって苦手だからなぁ」
「まぁな。幕府の家来になるために、今まで戦ってきたわけじゃねぇし」
二人…特に新八は、あんまり良く思っていないようだ。以前に平助から話を聞いたことがあるけど、京に来た頃に思い描いていたものと、どうも現状は一致しないらしい。近藤さんを押し上げようと身を削っている土方さんや、基本的に近藤さん以外はどうでもいい総司、武士であらんとしているイチくんと、この三人の考えが違うらしいことは、結構前から察していたことだ。
ふと、左之があたしに視線を送ってきた。お前はどうなんだ、とでも言いたげなそれに、あたしは無言の笑みを返す。幕府がどうの尊王がどうの、あたしに関係ないことは今更言うまでもないだろう。
(……あたしがここにいるのは、)
結構な距離を歩いている間、新八のするいろいろな話を聞いていた。……意外にも新八、こう見えて学があるのだ。
あたしの隣を歩く左之は、小難しい話に飽きたようで眠そうにあくびをしている。反対に千鶴は、彼の話をわかりやすいと言って熱心に聞いているようだ。
「先々月に起きた明治天皇の即位と、先月の大政奉還についてだな」
「大政奉還は確か、徳川幕府が、天下を取り仕切る権利を天子様に返した……ってことですよね。聞きかじりですけど……」
「そう、幕府を潰すことなく、朝廷と一本化させようっていう、土佐の坂本龍馬って奴が主導した意見だ」
「坂本ねぇ…」
話の最中、あまり口を挟むことのなかったあたしだけど、耳にした名についつい声が零れてしまっていた。今のあたしは、まさしく苦虫を噛み潰したような顔をしているのだろう。
大政奉還によって、名目上、幕府を倒された佐幕派、幕府を倒しきれなかった尊王派。その双方に恨まれることになったんだけどな、と坂本についての説明を付け加えてから、新八は次へと言葉を流す。
「ともあれ、この大政奉還で、徳川は権力を失ったってことになる。……名目上は、だけどな」
「将軍はそのまんまだしな。なんか薩摩とかが色々動いてるらしいが、急に世間が変わるわけでもないさ」
「なるほど……」
そういうこと。上が変わろうと、人々の暮らしが急激に変わるようなことはそうそう無い。呼び込みをする旅籠に、美味しそうな香りが漂ってくる茶屋。京の町は、見た目は皆、いつも通りの生活を送っている。でも、そうも言っていられないのが、時代だ。大きな流れはそれぞれの事情など関係なく、民衆を巻き込んで激動する。どれだけ時間をかけて積み上げたものも、崩れ落ちるのはあっという間だ。
ーー当然のように、その激流はあたしのことさえ飲み込むのだろう。逃れる術は、ある。だけどあたしは、きっとその道を選べない。
思考に耽りかけたあたしの耳に、思わず零れ落ちたといったような千鶴の声が届く。
「……永倉さんって、実はすごく政治に詳しい人ですか?」
「ひとつ聞いていいか?……今まで何だと思ってたんだ、俺のこと」
複雑そうな新八の顔がツボにはまって、あたしは腹を抱えて笑ってしまった。