すやすや。

おひさまサンサン、ぬくぬく気持ちいい日向の真ん中。秋の高い空の下、ぐぅぐぅ眠る横でごろごろごろ。
きゅうっと丸まって転がって、寝返りうって楽な体勢探し。脇にいた白い毛玉がうにゃあと鳴いて、またすり寄ってきてくるんと丸まる。ごろごろ聞こえて、ふふっと笑った。

すやすや、すやすや。

平和な午後の、あたたかな日差しの下。
鬼さんが怒鳴るまでの、ほんのわずかな休息の時間。





「麻倉!おい、麻倉!いねぇのか!?」

手当たり次第に襖を開け放っては、鬼の形相で少女の名を呼んで回る。自室から始まり、彼女の居そうな場所は既にあたってきたのだが、悉く不在とあって土方の我慢は限界に達しようとしていた。

事実上の一番組組長代理として忙しい彼女は、珍しく本日非番である。それを大声上げて呼び出しているのは悪いとは思うが、こちらも急用だ。至急確認しなければならないことがあり、それは彼女でなければ把握していないことなのだ。
まず向かった自室には影も形もなかった。想定内。
次、総司の部屋。手の空いた時は八割方この部屋に居るが、今日は二割のほうだったようだ。はずれだ。総司に減らず口をきかれただけで終わる。危うく目的を忘れて、いつものように怒鳴りつけていらん時間を過ごすところだった。
次、千鶴の部屋。いない。裁縫中の千鶴に尋ねると、昼餉以降姿を見ていないと言う。
次、道場。稽古指導の当番でなくとも、日によっては気晴らしなどで平隊士をぶっ飛ばしているらしい彼女は、やはり本日は現れていないようだ。
次、勝手場。いない。
次、玄関。見張りの隊士に尋ねると、彼女が屯所を出るところは見ていないと。
次。
次。
…………一体どこに消えやがった、あの餓鬼。

「いい加減出てきやがれ、麻倉!」

「ちょっと土方さん、襖は静かに開けてくださいってさっきも言ったでしょう?だいたい、なんでまた来るんですか。ここにクライサちゃんがいないことは、さっき確認したでしょうに」

「ああもううるせぇな!時間空けりゃ来てるかもって思ったんだよ!」

「時間空けりゃって、さっきからほとんど経ってませんよ。いやですね、土方さん、時間の感覚もわからなくなっちゃったんですか?年ですかねぇ」

「んだと……?」

「……土方さん。何をしてるんですか、あんたは」

「あ、ハルさん」

「……遥架」

「総司と遊んでたら日が暮れますよ。麻倉君なら屋根の上で、猫に囲まれて眠ってました」

「なんでんなとこで寝てんだよ、あいつは…」

「声をかけておきましたので、じきに下りてくるでしょう。副長室に向かうよう言いましたから、あんたも戻ってください」

「……わかったよ」

「もうさっきみたいに駆け込んで来るのはやめてくださいよ。慌ただしくって休んでいられませんから」

「わかってるよ!いいからてめぇは養生してろ!」





のんびりしたお昼寝の時間がやんわり終わりを迎えて、ハルに言われた通り副長室に向かったら、出会い頭に怒鳴られた。
それをいつものようにかわして、疲れ果てた顔した土方さんに本来の用件を持ち出されたのでそれもさっさと済ませて。じゃあ部屋に戻りますって踵を返そうとしたら、その疲れ鬼に呼び止められた。

「……さっきから気になってたんだが、その猫はいつまで乗っけてやがんだ?」

「えー?この子の気が済むまでじゃない?」

どうやら居心地が良かったらしい、頭の上でまるまって眠っている白猫のことだ。無理に下ろそうとすると爪を立てるので放置しているのです。
そう説明したら土方さんはいっそう疲れた様子でがっくり肩を落とした。けれど、ああいやそうじゃなくて、と顔を上げる。

「……お前、夜、寝てねぇらしいな?」

本題のようだ。ちょっとばかりあたしが目を見開くと、それを見咎めて土方さんの顔つきが険しくなる。けど、あたしはすぐに笑みを浮かべた。何でもないことのように。

「それが何か?」

確かに、夜は寝ていない。けど、肉体的には問題ない。理に守られたあたしの身体に、絶対睡眠が必要ということはないのだ。
精神的に必要な分の睡眠は、先程してたみたいに空いた時間に適当なところで昼寝をしてるから、十分足りてると思ってる。大抵あたしが寝てるのは総司の部屋だから、それはあいつもよくわかってるだろう。

「夜闇の静けさより、陽の下や喧騒の中のほうが寝心地がいいってだけ。物音が聞こえてたり、人の気配を感じてたほうが寝やすいんだ」

頭上の猫が、肩を蹴って床に下りる。慌ただしく駆けていくのを見送って苦笑した。

土方さんは納得のいかない顔をしていたけれど、直接新選組に影響があることではないので、それ以上の追及は諦めたようだ。
笑顔で締めくくったあたしが部屋を出る際も、何とも言えない顔をしてこちらを睨んでいた。



言ったところで、無意味でしょ。

通い慣れた部屋の前まで歩いてくると、襖を開けてずかずか足を進める。
襖の向こうに立った時点で既にあたしだと気付いていたのだろう、部屋の主は驚いた顔も、無断での入室を咎めることもしなかった。

「土方さんの用事は終わったの?」

「終わった。寝足りないから場所貸して」

承諾を得る前から畳に座り込み、刀をその辺に放り出して床に身を転げる。総司の座る布団の端へ頭をのっけて、いつものお昼寝体勢だ。
目を閉じてしまえば、周囲の情報を拾う役目を担うのは聴覚、嗅覚、触覚だけとなる。遠くに聞こえる、稽古中の隊士たちの声。換気のために開けたままの障子戸の向こう、庭から入ってくる秋風が肌を撫でる。居慣れた部屋の匂い。総司の呼吸、気配。


ーー言ったところで、意味は無い。そんな情けないこと、言えやしない。


総司は何も言わない。あたしの一連の動作を見届けてから、小さく、くつりと笑う。

『夜闇の静けさより、陽の下や喧騒の中のほうが寝心地がいいってだけ。物音が聞こえてたり、人の気配を感じてたほうが寝やすいんだ』


ーーいつからだったろう。眠ることが、こわいと思うようになったのは。


八木邸にいた頃はよかった。千鶴と同室だったから、夜眠る時はいつも彼女の気配をすぐそばに感じて眠ることが出来た。
だが、西本願寺、そしてこの不動堂村屯所で与えられたのは、一人用の部屋。皆が寝静まった夜闇の中、息が詰まるような静寂の中で眠ることは容易でなかった。自分一人、世界から切り取られたような感覚になる。朝目覚めては、ああ、あたしはまだ世界に存在(い)るのだ、と安堵する。……世界を違えても、年月を過ごしても、変わりはしない。

だからもうずっと、あたしは深く眠ることが出来ていないのだ。それこそ、完全に意識を失うようなことが無い限りは。眠りながら、半無意識的に周囲の気配を感じ取り、音を拾ってる。……まぁでも、本当の戦士はこれが当たり前なんだろうけど。あたしの場合は理由が違う、というのが情けないところだ。

眠りについたその時の自分のまま、目覚めることは出来るのだろうか。

眠って、目覚めた時。確実に変わっているものがあった。だから、変わらない筈のこの世界にいても、不安でたまらなくなる。トラウマ、と言っていいのだろうか。右目。夜眠って、朝目覚めるたび、右目が見えなくなっていった、恐怖。

「クライサちゃん」

ーーふいに、あたたかい手が頭に触れる。

「……総司」

ゆるりと動いた手のひらが頭を撫ぜ、指が髪の合間を過ぎる。呼びかけた筈の彼は、しかし口を閉ざしたまま、何を言うこともしない。ただ手だけが、何往復と頭を撫でる。

……かなわない、なぁ。

自然、零れた溜め息は安堵の証だろうか。つい持ち上げてしまった瞼を再び伏せて、今度こそあたしは夢に落ちた。






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