千鶴が風邪を引いた。それも少しタチの悪いやつにかかったようで、高熱に朦朧としながら、悪寒や頭痛、吐き気に苦しみながら、真っ赤な顔をして布団におさまっている。

気付いたのは朝食の後、いつものように膳を下げようとしている千鶴の顔が、熱っぽく顔色が悪いように見えたのだ。あたしだけでなく、左之や土方さんも気付いていた(新八が気付かないのは……うん。なんていうか、ご愛嬌?)。
多分、心労が溜まっていたんだろうと思う。イチくんと平助が離隊した時のショック、半年近く経った未だに引き摺ってるみたいだったし。ふとした時に二人がいないことを改めて感じて、寂しそうにしているところを何度となく見た。

で、平気だ元気だと言い張る千鶴の言葉など、そんな熱っぽい顔では信用出来ないとあたしたちは口を揃えて言い、ついには土方さん直々に寝ていろと命じられ、お言葉に甘えて、という形で千鶴は自室に戻った。ら、そこで漸く不調を自覚し、時間が経つにつれて熱も上がり、病状が悪化していった、と。
もちろん、それを看病するのはあたしだ。まったくもう……普段から千鶴は頑張りすぎなんだよ。この機会にしっかり休ませよう、うん。

「麻倉」

夜中近い時間、ほとんどの隊士が寝静まった頃。
勝手場の戸口から声をかけられて、あたしは大根をおろしながら振り返る。

「なに、土方さん。勝手場に顔出すなんて珍しいね。夜食でも漁りに来たの?」

「んなわけねぇだろ!てめぇを探してたんだよ」

冗談に決まってるのに、土方さんはお約束みたいに不機嫌な顔して否定する。が、ふいにわざとらしく咳払いすると、眉間の皺を少しばかり浅くした。

「千鶴の具合はどうだ?」

「んー…ぼちぼちかな。なかなか熱が下がらない。もし朝になっても下がらないようなら、医者を呼んだほうがいいと思う」

「……そうか」

「心配なら、ちょっとくらい顔見に行ったらいいのに。…って言っても、さっき白湯持ってったら千鶴寝ちゃってたけど」

「いや…昼前に様子見に行ったんだが、『副長さんがこんなところに来ちゃいけません、風邪が移ったらどうするんですか!』って追い出されちまってな…」

「あー……」

そうか。千鶴にとっちゃ、風邪引いた時の心細さより、副長に風邪引かせちゃ大変だって気遣いのほうが勝ってしまったのか。……寝る前頃に左之と新八が顔見せた時は、体調悪すぎて追い出す気力もなかったんだな……へにゃーって笑ってたけど。

「…風邪引いて寝込んでる時くらい、甘えればいいのにねぇ…」

「何だよ、人の顔見て溜め息なんか吐きやがって」

「いえいえ何でも」

っていうか、新選組の鬼の副長を部屋から追い出すって。あの子、ほんと変なとこ振り切ってるよね、頑固だし。ぷりぷり怒って土方さんの背を押す千鶴と、千鶴に押されて困惑顔で部屋を出て行く土方さんの姿が容易に想像出来て、手元じゃ大根おろしながらクスッと笑う。

「で、お前は何やってんだ?」

「ああ、総司のお粥作ってんの。最近またご飯食べてないって山崎君に泣きつかれちゃって」

「……あいつはまた我が儘言いやがって……」

低くなった声音に比例しない表情をしている土方さんに、あたしはまた笑った。








総司にお粥を食べさせて、薬を飲み、眠りについたところまで確認してから、食器を片しつつまた千鶴の部屋へ向かった。既に真夜中と言っていい時間だ。普通の隊士ならもう寝てる。
そっと襖を開けて、足音を立てないように室内に入る。部屋の中央に敷かれた布団のそばに歩み寄ると、眠っていた筈の千鶴が目を開けていることに気付いた。

「起きてたの?」

「……クラちゃん…」

とろんとした目が、天井からあたしへと視線を移す。まだしんどそうだ。…だけど、なんだかさっきまでと様子が違う。

「何かいい夢でも見たの?」

「え…?」

「顔が笑ってる」

横たわる千鶴の左手側にあたる畳に腰を下ろし、自分の頬に人差し指をあててそう言えば、千鶴は照れたように笑ってから、感じ入るみたいに目を伏せた。

「……うん。すごく、いい夢をみたの……」

ちょっとばかり掠れた声を聞きながら、もう温くなってしまっただろうと、千鶴の額に載せていた布に手を伸ばす。

ーーあれ、

だけど、布はまだ冷たく濡れていて、彼女の額をちゃんと冷やしてやっているようだ。あたしは暫くこの部屋を空けていたというのに。誰か他の隊士が来て、そこに置いてある桶の水で濡らし直さなきゃ、この布が冷たいなんてことは有り得ない。まさか、この状態の千鶴が自分で動いた、とは考えにくいが……

「あのね、夢の中で…斎藤さんに会えたの。今、クラちゃんが座ってるあたりに…斎藤さんが座ってて…少しの間、お話したの」

「……そっか、イチくんに。だからそんなに、嬉しそうなんだ」

あたしの疑問は即座に解けた。あぁ、なるほど、そういうこと。額の布が冷たいのも、部屋に他人がいた気配を感じないのも、千鶴が嬉しそうな顔をしているのも。

御陵衛士として新選組を離れたイチくんと、千鶴は半年近く会っていなかったのだ。平助とは、以前市中でばったり会ったが、衛士と新選組隊士の制約のせいで挨拶さえ交わせず、すれ違うだけだったと、後に聞いた。送り盆の時に平然と二人に声をかけたあたしとは違い、千鶴はイチくんと平助とまともに会うことが出来ていなかったのだ。
それなのに、イチくんが新選組の屯所にいて、自分の看病をしてくれて、会話まで出来たとなれば、千鶴の溢れそうに嬉しそうな顔は納得のものだろう。



「すごくいい夢、だって」

先程までより幾分も落ち着いた呼吸で眠りについた千鶴に、この様子なら朝になる頃には熱も下がるだろうと安堵して、またそっと部屋を出る。廊下を進んでいた足をふいに止め、庭に向かって抑えた声で言った。

「たとえ夢でも、すごく嬉しかったみたいだよ。良かったね」

からかうように声が弾むと、諫めるような鋭い視線が飛んできた。肩を竦めて舌を出す。その人は少しばかり呆れたように短い溜め息を吐いて、やがて黙ったまま足早に歩き去ってしまった。

「もう、つれないの」

笑いを含んだあたしの声が、夜闇に薄れて消えていった。






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