「おい、総司。入るぞ」
襖の向こうから聞こえたのは、最近の忙しさでめっきり顔を見せることをしなくなっていた、過保護で心配性な鬼副長さんの声だった。
「あれ。珍しいですね、土方さんがここに来るなんて。それに、今日は出掛けてるって聞きましたけど」
「さっき帰って来たんだよ」
許可を待たずに襖を開き、入ってくるのは見慣れた姿。いつもの眉間に皺を寄せた副長の顔よりは、幾分かやわらかい気配の土方さん。
「…やっぱりここにいたのか」
溜め息混じりの声を聞いて、僕は見上げていた視線を落とす。僕が腰を下ろしている布団の端、左手を伸ばせば触れられるあたりに頭を載せて、クライサちゃんが床に転がっている。
「起こさないであげてくださいよ。こんなにぐっすり眠ってるの、随分久しぶりなんですから」
「わかったわかった。ま、急ぎの用もねぇしな」
すやすや寝息を立てて眠り続ける彼女に、土方さんが小さく息を吐いた。
「……確かに、最近はコイツに頼りきりだったからな。休む暇くらい、与えてやるべきだった」
「あまり、僕の補佐を土方さんがこき使わないでくださいよ」
「そりゃお前次第だろ?」
腕を組み、ニヤリと笑んだ土方さんがからかうように言う。
「こんなチビに、いつまでも重たいもん背負わせておくわけにはいかねぇだろ」
「……そうですね」
その笑顔のままクライサちゃんを見下ろすから、僕も思わず微笑んで彼女へ視線を落とした。左手で触れた空色の髪は、ふわりとやわらかい。
「土方さん……」
「ん?なんだ、総司」
「……いいえ、何でも」
僕の病が何であるか、薄々気付いてる者もいるだろう。なのに、土方さんは、僕を追い出さないでいてくれる。……本当に、治ると信じているんだろうか。
「っと、悪ぃ総司。そろそろ戻らなきゃならねぇ」
「いーえ、悪いことなんて何もないですから、さっさと出て行ってくださって結構です」
「てめぇは……ったく」
眉間に皺を寄せて溜め息を吐いた土方さんは、襖に手をかけ、そのまま出て行く……かと思ったら。
「あぁそうだ」
と言って足を止め、僕に向かって何かを放り投げた。
「えっ、何ですか?」
ちょうど胸の辺りで受け止めたそれをよく見てみる。手のひらくらいの小袋だ。布越しの感触からして、金平糖だとわかる。
「そいつと仲良く食え」
「…………はぁ」
「出がけに買ってきたものだ。別に変なもんは入ってねぇよ」
「……ありがとうございます」
いつもの減らず口を忘れて、うっかり普通にお礼を言ってしまった。土方さんは目を丸くして、それから綺麗に微笑む(まったく、本当に無駄に顔だけはいい人だ)。後悔しても既に遅く、閉じた襖の向こうから廊下を歩いていく音がした。
遠くなっていくそれが聞こえなくなってから、手の中の小袋に目をやる。こんぺいとう。
「……らしくないことするよね、もう……」
(…んー…そーじ……?)
(あ、おはよう、クライサちゃん。こんぺいとう食べる?)
(……あのさ。あたし、今めっちゃ寝起きなんだけど…)
(いらない?)
(……食べる)