いつぞやと同じく山崎君に買い出しを頼まれ、あたしと千鶴は昼間の市中に繰り出した。世間話をしながらノロノロ歩いていると、例の通りで

「師匠!」

そんな声をかけられたので、声の主を窺ってみれば、先日のあの馬鹿野郎だった。

「…………はぁ?」

「暫くぶりでございます!お元気そうで何よりです、麻倉師匠!」

「あっ、あなたはこの間の……」

千鶴の言うこの間とは、一週間くらい前のこと。別に暫くぶりってこたぁない。
あたしを師匠などとけったいな名で呼ぶのは、先日あたしの名を騙って調子に乗り、見事に鼻っ柱をぶち折られた男である。

「あんなことがあったってのに、アンタまだ京にいたんだ…」

「はい!京で不逞浪士を取り締まるのが、俺の夢ですから!」

「…………」

どうしよう。どこからツッコめばいいんだろう。

何故だかあたしを師匠と慕う男は、せっかくだから団子を奢らせて欲しいと言うので、まぁ人の金ならとあたしは頷き、千鶴と共に茶店に向かった。で、軽くお茶しながら男の語りに付き合ってやる。

「あの、不逞浪士を取り締まるって…?」

千鶴が問う。うん、意味わかんないよね。京で不逞浪士を取り締まるのは、だいたい新選組の仕事だ。けど、フミゾー(この男が名乗った。柏原文蔵というらしい)が新選組に属していないのは、あたしにも千鶴にもわかっている。

「はい、不逞な輩が町人に迷惑をかけているところを見かけると、割って入り、『新選組だ』と名乗ります」

「アンタまったく懲りてないね」

「何がです?」

「あの、結局それ、新選組の名を騙っているだけ、ですよね…?」

「えっ、いけませんか!?」

「……うん、もういいや。あたし止めないから、アンタの好きにしなよ」

「ありがとうございます!師匠の公認ということですね!」

「やめてその解釈マジでやめて。あたしが許したなんて絶対言わないでよ」

まさかあれで懲りない奴がいるとは。呆れ果てて疲れたあたしはもう、コイツがどうしようと我関せずを貫こうと思った。だって付き合ってられない。

「むむっ!」

「どうかしたんですか?」

「あちらの通りで女子が襲われているようです!ただちに助けに行かねば!」

「えっ…そんなことがわかるんですか!?」

「そういうアンテナはきくんだね。実力はかけらも伴ってないけど」

「む、師匠、あんてなとは何ですか?」

「いいよアンタは興味持つな。とっととその女子とやらを助けに行けカス」

「合点!」

「(アイツやっぱ馬鹿だ)」

「(……今、クラちゃんスゴイこと言ったような…)」

ほうっておくのは躊躇われるからと千鶴が言うので、あたしたちも渋々その後を追う。件の場所はすぐにわかった。隣の通りで、一人の町娘が数人の浪士に囲まれ、自分たちは誇り高き攘夷志士なのだから酌をしろ、と迫られていたのだ。
フミゾーは既にそこに割って入っており、新選組だと名乗って浪士たちに立ちはだかり、町娘を逃がしている。余りある正義感と、今なお他人の(しかもよりによって新選組の)名を騙れるという強すぎる心臓だけは、評価すべき点だと思……いや、やっぱ後者は何か違うか。

「ねぇ、クラちゃん。また聞くけど、本当にいいの?」

「いいんじゃないの?誰の名前騙ったって、それによって生じる問題は全てアイツ自身の責任なんだしさ」

「それはそうかもしれないけど……」

「あたしが何言っても、アイツ懲りなさそうだし。前回のアレで懲りない奴を止めることなんて、出来る気が更々しないね」

「うぅ、確かにそうだけど…」

新選組、と聞いた浪士たちの顔が険しくなる。

「新選組だと!?貴様、名を名乗れ!!」

あ、こりゃパターンBだ。付け狙うほどじゃないけど、新選組に対してちょっとした恨みを持ってる奴の顔。団体ならまだしも、一人相手ならやってやるって奴ら。おそらく斬り合いになるだろうけど、フミゾーはどうすんのかな。千鶴が不安そうにあたしを見るけど、残念、助けないよ。忠告はしておいたし、もう知らない。関わりません。

「俺は沖田そう…」

「させるかあぁあ!!」

「げふぅ!!!!」

「(飛び蹴り!?)」

「いっいきなり何をなさいますか、師匠!?俺の好きにしていいと仰ったではありませんか!!」

「それとこれとは話が別だ!!この麻倉、新選組一番組組長補佐として、どこの誰にも沖田総司の名は騙らせねぇ!!」

「(クラちゃん……自分や他の人はよくても、やっぱり沖田さんは駄目なんだね……)」

「麻倉だと!?ここで会ったが百年目、その命もらいうけ…」

「るせぇ引っ込んでろ!斬るぞ!!」

「……すみませんでした」

「(引っ込んだ!!)」

「なっならば誰の名を騙るのなら良いのです!?」

「騙るなンなもん!!新選組入隊して名実ともに新選組になってから名乗りゃいいだろ!」

「俺にそんな根性はありません!」

「胸張って言うな!!テメェその腰の刀は飾りか!!」

「飾りです!」

「あァ!?」

「俺の家は刀商ですので、家を出る際に餞別に貰って来ました。こっそりと」

「……アンタ、ほんといい根性してるね」

その後、間違っても総司の名を騙られてはたまらんと、あたしは嫌がるフミゾーを無理矢理新選組屯所に引き摺って行き、入隊させて名実ともに新選組としてやった。剣の心得は無いと言ってやがったが、こうなったらとことんだ、あたしが徹底的に鍛えてやる!





(で。どうだ、例の奴は。使い物になりそうか?)

(…………ごめん、土方さん……あたし切腹するから、アイツ離隊させて……)

(……すげぇな、あいつ。お前の心ばっきり叩き折りやがって)

(もしくはバッサリ殺らせてください)

(…………どうすっかな)



結果、事務担当ということになりました。







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