送り火を見に、ほとんどの隊士が出掛けた屯所はしんとしている。
土方さんに言われた通り、浴衣姿のまま屯所に戻ったあたしは、屯所警備にあたっている隊士にもちろん驚きの声を上げられた。まぁ女だということはバレバレだったから今更何の問題もないが、一応、人差し指を立ててナイショのポーズ。何度も首を縦に振ってくれたから、とりあえずは安心だろう(別に他の人間に知られて困るってことはないが、あまり広まりすぎても面倒だ)。

屯所内はやはり火が消えたように静かで、人気もほとんど感じない。あたしはまず自室に着替えを置いて、それから目的地へ向かうことにした。

「……総司?」

一声かけてから開いた襖の向こう、総司の部屋に、主の姿は無い。部屋の中央に敷かれた布団は掛け布団が捲り上がっており、隅に置かれた行灯が寂しげに小さな明かりを灯している。
普段、総司が自室を出ることは少ない。他の隊士に病をうつしてしまっては近藤さんに迷惑をかけるから、と言っていつも布団に入ったままでいる。時折、幹部だけがいる時を狙って広間に顔を出すけれど、それは寝たきりで精神的に参ってしまいそうになった時。

「総司」

建物の外に、月を見上げる彼の姿があった。

「……あれ、早かったね。送り火は見たの?」

「んなもん見なくたって死にゃしない」

平隊士が出払っている今なら、外に出ても大丈夫だと思ったのだろう。夜着のまま立っていた総司の隣まで歩いていくと、彼の右手があたしに伸びる。左耳に触れると、くすりと笑った。

「やっぱり、君には赤が似合うね」

「おかげさまで子どもっぽくなりましたけど」

「いいじゃない、似合ってるんだから」

どうやらこの浴衣姿はお気に召したらしい。楽しげにころころ笑いながら、あたしの耳やら髪やら花の簪やらに触れている(ピアスには触れるな、と言ってある。以前は物珍しそうに触ってきやがったが)。

「あー、でもお土産買って来なかった。なんか、コレってものがなくて」

楽しみにしてたならごめんね。総司の部屋に戻り、彼が布団の上に座ったあたりで思い出したことを言う。だけど総司は少しも機嫌を損ねた様子もなく、悪戯っぽくにんまり笑った。

「もう貰ったじゃない」

「へ?」

…………何を?
あれ、あたし、何か総司に渡したっけ?いや、そもそもコイツに会いに来る時は何も持って来なかった。渡せるようなもの、なかった筈だけど……

「芸者の格好をあんなに嫌がったクライサちゃんの浴衣姿なんて、すごくいいお土産だと思うんだけど」

……ああ、そうですか。
あたしが呆れて溜め息を吐くと、総司はじっとこちらを見つめてくる。口元に微笑みは浮かんでいるけれど、まるで虚無を映しているような目。あたしは少し迷ったけれど、何、と尋ねてみることにした。

「うん、女の子だなぁって」

「……忘れてた?」

そりゃ、一応(バレバレの)男装はしてるし、大の男どもと一緒になって稽古に励んだり不逞浪士取り締まったりしてるけど云々。ふてくされ気味に呟くあたしに総司は違う違うと苦く笑う。

「こんな女の子でも新選組の力になってるのに、僕は寝てばかりだなぁって…」

ーーーーあ。

新緑色の目が淀む。闇が覗いたその色の中に、もうあたしの姿は映っていない。自嘲に歪む唇。あたしの、大嫌いな顔。

「“剣”になれない僕は、いつまで新選組にいられるのかな…」

あたしの返答など求めてはいないのだろう。独り言のように呟く総司の力ない笑顔は、だけどあたしにとっては沈黙を許し難いものだ。

「勝手にいなくなられたら困るよ。あたし、まだアンタに勝ってない。勝ち逃げなんか許さないから」

「……そうだね」

数年前、この世界にやって来て新選組預かりとなった頃から、総司が寝込むことになるまで、あたしたちは何度も手合わせをしてきた。八木邸の道場で、あるいは西本願寺の境内で、重たい木刀を振り回してぶつけ合った。だけどあたしは、一度も彼に勝てていない。
総司は一瞬目を瞠って、それからふわりと微笑んだ。それがびっくりするほど穏やかだったから、あたしは思わず息を呑む。そんな様子に彼はまた笑って、足元の掛け布団を腹の辺りまで引き寄せた。

「楽しかった?」

それが何に対する質問なのか、一瞬わからなかったが、送り火を見に出掛けたことだと気付いて頷く。

「送り火は見てないけど、十分楽しめたよ。人でいっぱいの通りとか、いつもより賑やかなお店とか、不機嫌な土方さんとか、浴衣姿の千鶴とか」

「土方さんが不機嫌なのはいつものことでしょう?……でも、そうだなぁ、千鶴ちゃんの浴衣姿は見たかったかなぁ」

「へへーん、あたしなんかしっかり堪能しちゃったもんね。可愛かったなぁ」

「いいよ、僕は可愛い君の浴衣姿を堪能するから」

「……すいません。ほどほどで勘弁してください」

総司の病が何であるか、もう少なくない隊士が気付いているだろう。労咳は死病。新選組を離れたくないと言う彼の病が治ることは、きっととてつもなく難しい。ーーいや、もうそんな時期はとうに過ぎてしまった。悪化するしかない病と闘わねばならない彼に、慰めはもはや無意味だ。
あたしに出来るのは、こうしてわざとらしく話題を変えた総司に乗ってやることくらいだ。気休めすら口に出来ない。総司はいつか必ず一番組を背負いに戻ってくるのだと、信じることさえ出来ないあたしには。

何も買ってきてやれなかったかわりに土産話に花を咲かせたあたしの声を、総司は嬉しそうに微笑みながら聞いていた。途中、何度も脱線して、近藤さんや土方さんの話、江戸の試衛館道場時代の話、千鶴の話、あたしの世界の話……色んな話をして笑い合い、気付けば行灯の明かりが消えてしまいそうなほどの時間が経っていた。
そろそろ千鶴や土方さんも戻るだろう。新八と左之は……どうかな、久しぶりに酒に走ったのかもしれない。

「クライサちゃん」

総司も休ませねばならないし、あたしも着替えたかったからそこで切り上げることにし、部屋を出ようとしたあたしを総司が呼ぶ。いつもと同じ、微笑み顔。

「僕はまた、君と並んで歩きたいって思ってるよ」

(ーーああ、)

行灯の明かりが消える。途端に広がる闇が、総司の表情を隠す。……あたしの顔も、隠してくれているだろうか。

「……ん。あたしも」








『アンタと一緒に歩くの、いつもしんどいんだけど』

『え、どうして?』

『千鶴にも言われたことない?アンタ、歩くの速すぎ。コンパス…あー、足の長さが違うんだから、もうちょっと考えてくれないと』

『嫌だよ、面倒くさい。君たちが僕に合わせたらいいじゃない。それが出来ないなら、屯所で大人しくしてれば?』

『……上等だ。いいよ、合わせてやろうじゃん合わせて差し上げますよ!見てろコンチクショウ!!』

『あはは。期待してるよ、ほら頑張って』

『とか言いながら早足になるのやめてくれない!?』

『どうしても僕と一緒に歩きたいんでしょう?だったら、ちゃんとついて来てくれなくちゃ』

『…くっ、語弊はあるが望むところだ!ついて行きますよ、どこまでも!!』






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