「おや、麻倉ちゃんじゃないか。珍しいね、そんな格好して」

「よう、麻倉の嬢ちゃん!今日は可愛いカッコしてんじゃねぇか」


総司のお土産を探して店を回ってみるけど、はからずも冷やかすだけに終わってしまい、あたしの珍しい娘姿を褒めてくれた店主たちに内心謝罪する。お土産……お土産かぁ。いざ、何か買って行こうと思うと、予想以上に困るなぁ。
定番の団子や饅頭なら楽だろうが、今の総司に食べ物を土産にするのは躊躇われた。ここ暫く、食欲が無いといって食事を抜きがちなのだ。山崎君がぼやいていたし、あたしが部屋を訪ねた時も、手付かずの膳を何度も見ている。食べれば労咳が治るとは言えないけど、食べなければ体力は落ちるばかりだ。ただのワガママでない時くらい、あいつの要望も聞いて何か食べやすそうなものでも作るかな…千鶴にもちょっと相談してみるか…………おっと、いけない。今はお土産選びだ。

お土産といえば、総司があたしに買ってきてくれるものは、いつも甘味だったな。それ自体はとても嬉しい。一緒に巡察に出た時やぶらっと町を歩いた時、あれ買ってこれ買ってとねだったのはあたしだ。総司自身も甘味は好きで、彼がお土産に買ってきてくれたそれを一緒に食べる時間が、あたしにとってはとても大切だった。
食べて無くならないものを総司が買ってきたのは、たった一度。たまたま目についた、という小さな鈴だけ。

『クライサちゃん、手貸して』

『なんとなく、君のことを思い出してさ』

『猫みたいで可愛いじゃない』

赤い浴衣の袖を捲り、左の手首に視線を落とす。
あの時のように身に付けていては、いちいちチリチリ鳴って鬱陶しいから、鈴はあたしの部屋に保管してある(なくしたら切腹、と仰せつかっているから、そりゃもう厳重に)。かわりに、総司が鈴を通した紅色の紐だけを、いつもこの手首に巻き付けているのだ。

(そういえば、これも赤だ)

浴衣の色より深い、落ち着いた紅だけど。まさかあの当時から、あたしに合う色を思っていたのだろうか。……いや、まさか。それこそたまたまだろう。

『あいつが言ったんだよ。お前には赤だってな』

浴衣の色は、鮮烈な赤。……正直、あたしにこの色が合うなんて言ってくるやつはそういない。あたしの髪の空色はやたら主張が強くて、それに同じく主張の強い派手な赤をぶつけてくるなんて。
ちょっと驚いたけど、総司らしいとも感じて、思わず笑みが零れる。

「何がおもしろいのか…無意味に一人で笑っていられるとは、気楽なことだな」

……その瞬間、聞こえてきた声に顔が引きつった。

「…その声は……」

顔を上げて見たそこにいたのは、あたしの期待を裏切って、予想通りの人物。いやらしく歪んだ紅眼と唇。西の鬼、風間千景。

「ほう?目は開くようになったか。あれだけの傷を受けて尚、歩き回る事が出来るとは……まったくしぶとい女だな」

「はぁ……せっかくお休み満喫してたのに、なんで鬼が出てくんのさ。空気読めよコンチクショウ…」

「?空気とは吸うものだろう」

「…………ああ、ハイ。そうですよね…」

なんでコイツと漫才しなきゃならんのだ。毒気もなく告げられた言葉に肩が落ち、全身から力が抜ける。その間に風間の視線は上下に動き、あたしの姿を頭の先から足元まで見やった。

「…………フッ」

「あ、いま鼻で笑いやがったな!?あたしだって子どもっぽいってことくらいわかってんだよ!」

余計なお世話だ!怒鳴る声を、しかし風間は何食わぬ顔でかわす。その眼には西本願寺で戦った時にあった、ギラついた狂気は見当たらない。

「そう喚くな。構えずとも、ここで貴様をどうしようという気は無い」

「……へぇ?」

「刀も持たぬ子どもを嬲る趣味は無い。貴様を殺すのなら、万全の状態でなければ意味も無いからな。それに、今日は孟蘭盆だ。そんな日に騒ぎを起こす程、無粋でもない」

あ。そうだ、あたし丸腰なんだった。うっかり喧嘩売るとこだった。

「…………」

「……なんだ」

「いや……お盆とか歯牙にもかけずにてめぇの欲望にだけ忠実に生きてる馬鹿野郎だと思ってたから、ちょぴっとだけ見直した。蟻のつま先くらい」

「減らぬ口ならば閉じておけ。俺の気が変わらぬようにな」

と、呆れた顔であたしを見下ろした風間が手を伸ばす。何事だ、と身を固くしたこちらに構わず、手はあたしの肩に触れた。……あ、花。ハルが届けてくれた赤い花が、肩のあたりに落ちてしまっていたのだ。

「一時のみ咲く簪か。貴様に相応だな」

風間は止める間もなくそれを拾い、あたしの髪に挿し直す。左耳の上で咲く、浴衣と同じ赤の花。総司の選んだ、生ける簪。

「常にそのような格好をして、娘のように生きればいいものを…何故あの番犬どもと共に刀を振り回しているのか、理解出来ぬな」

「……」

「貴様ら新選組の者たちも、西国の雄藩の浪士達も…鬼とは比較にならぬ程脆弱な肉体しか持ち合わせておらぬ癖に、何故わざわざ死に急ぐような真似をするのか……」

毎度の不遜な物言いとは違う、虚無感に満ちた言葉にあたしは口を噤む。
人間同士の争い。それはどの世界にも必ずあったことで、悲しい結末を生み出すものでしかない。それがわかっていても、あたしは、その混沌の中にいることを選ぶのだ。

「……新選組や他の誰かがどうかは知らない。だけど、あたしはやりたいことをやってるだけだ。難しい思想も、燃やすような野望の火種も持ち合わせちゃいない。ただ自分に正直に、単純に生きてるだけだよ」

あたしから答えがあると思わなかったのか、風間は珍しく目を瞬く。

「好きな人が笑ってたら嬉しいし、泣いてたら嫌だ。気に食わない奴がいたらぶっ飛ばす。だからあたしは新選組にいるし、刀だって振るうよ」

「……なるほど。確かに、呆れる程に単純だ」

だが、嫌いではない。
言って、一瞬だけ、緩やかに目を細める。

「あたしは大っ嫌いだけどね、アンタなんか」

「ふん……短い時、せいぜい楽しむがいい。いずれまた、我が妻を迎えに行く」

「ばーか。絶対阻止してやる」

不敵な笑みを応酬して、数拍の後にあたしたちは同時に視線を外した。そして風間はあたしの脇を、あたしは風間の脇を通り過ぎ、人混みに埋もれてそれぞれの道を行く。
送り火にどよめく民衆の声を背にして、あたしの足はただただ前へと進んでいった。






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