送り火が見えるあたりまでやって来ると、さすがに人が多くてはぐれそうだ。あたしと千鶴はしっかりと手を繋いで、前を行く三人について行く。
「なあなあ、今日は店も遅くまで開いてるみたいだぜ。せっかくだから冷やかしに行ってみねぇか?」
「面白そうだな、行ってみるか」
新八の提案に左之は賛同するけど、土方さんは足を止め、きっぱりと言い放った。
「お前らだけで行って来い。俺は、向こうのほうを見回ってくるからよ」
「見回るって…巡察に来たわけじゃねぇのに…」
「変わらねぇだろ。お前らは、どんな時でも新選組幹部なんだから」
ハルにはああ言われたけど、土方さんはやっぱり休む気がないらしい。左之は仕方なさげに溜め息を吐き、お前たちはどうするんだ、とあたしと千鶴に目を向けた。
「あの……私も一緒に行って構いませんか?土方さん」
おっと、そう来たか。まぁ予想通りっちゃ通りだが、かなり勇気の要る質問だったろう。あたしと左之は、こっそり顔を見合わせてによによする。
「……来たかったら、勝手に来りゃいいじゃねぇか」
土方さんはぶっきらぼうに言うけれど、嫌だったらちゃんとそう言う人だ。千鶴は拒絶されなかったことにほっとしたように礼を言った。
「で、クライサはどうすんだ?俺たちと行くか?」
「んー……いや、適当にそのへん見ていくよ。総司のお土産探してかなきゃならないし」
「そうか」
可愛い女の子の格好をした千鶴が変な男に声をかけられないか心配だが、鬼副長殿が一緒なら大丈夫だろう。土方さんも土方さんで、千鶴が一緒ならある程度気を休められそうだ。彼女は、一緒にいる人間に不思議な作用をもたらす子だから。
「麻倉」
新八と左之、土方さんと千鶴の二組と別れ、来た道を戻ろうとしたあたしは、土方さんに呼ばれて足を止める。
「お前、どうせ総司のこと気にしてとっとと屯所に戻ろうとしてんだろうが、ちゃんと楽しめよ」
「ああ、そうだな」
土方さんが言うと直後に左之と新八が同意の声を上げるから、あたしが口を挟む隙がない。
「その浴衣あつらえる時な、お前に似合う色がわからなくて困ってたら、あいつが言ったんだよ。お前には赤だってな」
「左之…」
「だから楽しんで帰れよ。じゃなきゃ、あいつが怒るぜ?」
片目を瞑った左之が冗談めかして言う、“あいつ”が誰なのか、わからないほど鈍くはないつもりだ。まったく、自分は屯所から出られないくせに、あたしには楽しんでこいだなんて……酷いことを。
「……麻倉。俺が許可する。お前、その格好のまま屯所に帰れ」
「……マジですか土方さん」
……ああ大マジだな、あの顔は。許可どころではなく命令口調と副長の目を向けられては、それを覆すのは骨が折れる。めっためたのばっきばきに折れる。
なので、無駄な努力は早々にやめた。了解ですよと頷いて、やっと踵を返す。背後で、千鶴がくすくす笑う声がした。
「せっかくの送り盆だってのに……何かこう、盛り上がりに欠けるよな」
人混みを避けるように大通りを外れたあたしは、どこからか流れてきた聞き慣れた声に足を止めた。そのまま、きょろきょろと辺りを見回してみる。
「去年の盆は、新八っつぁんたちと酒呑みに行ったり……もっと楽しかったんだけど」
「……この国難の折、浮かれている場合ではない、という伊東さんの判断だ。外出許可をもらえただけでも、ありがたいと思わねば」
「……そうだな」
いつも明るく元気に張られていた声は、若干の憂いをもって弱く響く。記憶の中のものと違わない淡々とした声は、やはり堅い口調を保っている。喧騒に埋もれてしまいそうなその声のしたほうに振り返れば、そこにいたのは期待通りの人物たちだった。
「…………」
「ん?いきなり黙り込んでどうしたんだよ、一君」
「……平助。後ろに…」
「やあ二人とも、元気?」
「うわぁっ!?」
長いポニーテールをぐいっと引っ張ってやれば、毎度同じ反応をしてくれる平助がこちらを向く。いきなり何するんだ、痛ぇだろ!条件反射的に言い切ってから、はっと目を見張る。
あたしが行動に出る前、平助の後ろに立った時に、彼の向こうにいたイチくんと目が合った。イチくんは少しだけ驚いた顔をしたけれど、瞬時にいつもの無表情に戻ってしまう。平助があたしのほうを向いてからは、やれやれと言わんばかりに溜め息を吐いていた。
「御陵衛士もお盆休み?」
「いや、どちらかと言えば見回りだ。これだけの人混みだ。浪士が騒ぎを起こすかもしれぬからな」
「ふぅん。イチくんてば相変わらず真面目だね。どっかの誰かさんと同じようなこと考えてるし」
「そう言うお前は…珍しいな。女の格好をしているとは」
「似合う?」
「ああ。幼子のようで似合っている」
「うわぁイチくんまでそういうこと言う!?」
「っていうか、なんで二人とも普通に会話してんだよ!?」
漸くのツッコミは予想通り平助から入った。さすがイチくん、相変わらず変なところがズレてる。
本来、新選組隊士と御陵衛士の接触は禁じられている。声をかけるなんてもってのほかだ。こんなふうに会話してるのなんて知られたら、土方さんがうるさいどころじゃ済まないだろう。
「けど、ほら。あたしは新選組隊士じゃないし」
「それほど説得力の無い台詞もそう聞かぬだろうな」
「た、確かに正式な隊士じゃなかったかもしれないけど、ほとんど隊士同然なんだろ!?」
「隊士同然って、つまり隊士ではないよね」
「あーもう何だよ、屁理屈ばっか言いやがって!!」
もぎゃー!と頭抱えて叫んだ平助に内心舌を出す。しょうがないよ、一番近くにいる人間が屁理屈キングでいらっしゃるから。
「ま、あたしとは話もしたくないってんなら仕方ないけど」
「そっ!……ういうわけじゃ、ねぇ、けど」
複雑な心境を表すように俯いた平助に、微笑む。ほんと、正直なやつだなぁ。まっすぐだからこそ、伊東について行って自分に出来ることを探したり、こうして迷ったりしてるんだろう。
「……なんてね。わかってるよ、こうしてることがマズいってことくらい」
平助の握り締めた拳に触れ、離す。わかってる。あたしが土方さんに見つかってアレコレ言われるのは、まだかわしようがあるが、平助とイチくんはそうはいかない。新選組の者と会っていたと知られたら、その古株である二人は、衛士たちから疑いの目を向けられてしまうことは必至だ。それは避けねばならない。
「久々に会えてよかった。元気そうで何よりだよ」
「……ああ、お前も。……千鶴、は……」
「元気にしてるよ。アンタたちがいなくなって、寂しそうではあるけど、大丈夫。あたしが一緒だもん」
「そっか」
くしゃりと笑って、あたしの頭をぽんぽんと叩く。平助は、イチくんに向こうの通りを見回ってくると告げて、振り返る様子もなく駆けていった。
「……イチくんも。元気そうでよかった」
「ああ」
「お疲れさま」
「……見回りか?」
「ううん。でも、それでもいいや」
平助の行った通りとは反対方向へ、イチくんもまた歩き出す。振り返った彼の口元に浮かんだ笑みに、あたしも声なく笑った。