あたしはまだしも、千鶴が屯所で女の格好をするわけにはいかない。事前に話を通してあった大通り近くにある茶店の奥を借りて、あたしと千鶴は浴衣に着替えることになった。

千鶴に着付けてもらった赤い浴衣に黄色い帯が姿見に映ってあたしはご機嫌だ。
ほんと子どもっぽく見えてしまう浴衣の色とデザインに、一つや二つ文句はあるが、この際置いておく。あたし自身にも原因はあろう。
結うことの難しい短い髪は、仕方ないからそのままだ。長い髪を纏め上げている町娘たちの中じゃ多少浮くだろうが、人混みに紛れちゃえば注目なんぞ浴びないだろう。それだけ、今夜の市中は人に溢れているのだ。
浴衣になるにあたって、あたしが一番嫌だった首回りを晒すことも、まぁ同じ理由で何とかなるだろう。さすがに、お世辞にも綺麗とは言えない“あの”傷跡を見せるのは抵抗があるし、首全体に包帯を巻くことにしたのだが、この様子なら、多少の視線は受けてもそれだけで済みそうだ。

「お待たせ、クラちゃん」

さすが、着慣れた女の子は作業が早い。さして待たされることもなく準備を終えた千鶴が屏風の向こうから顔を出す。いつもの男装ポニーテールでなく、纏め上げて簪を挿した長い黒髪。淡い水色の浴衣を着こなす千鶴は、なんとも可愛らしい町娘だ。

「……結婚しようか」

「何を言ってるの?」

思わず口をついた冗談(八割本気)に、真顔の千鶴が冷たい声を返してくれた。いやぁ、ほんとたくましくなったなぁ……ちょっぴり悲しい。

千鶴と揃って店を出れば、待っていた新八、左之、土方さんに迎えられた。
千鶴は新八と左之に、可愛い、美人だ、似合っている、と褒められまくり、やんわりと頬を染めて恥ずかしげに俯く。あーもう、なんだこの可愛い生き物。どこ行ったら売ってるんだ。

「はぁ……写真撮って平助とイチくんに売っ払いたいなぁ、一枚200センズくらいで」

「てめぇはさっきから何をブツブツ言ってやがんだ」

「何でもないよ…ほっといてよもー」

なんでここにゃカメラが無いんだとか、念写技術くらい覚えておきたかったとか、もろもろ言いたいことを地面に向かって吐き出していたあたしは、呆れた顔で見下ろしてくる土方さんに拗ねた声を返しながら立ち上がる。見上げた土方さんは不機嫌な顔をしていたけれど、これは別にあたしのせいじゃない。

『せっかくだからトシも誘ってやってくれ。あいつは最近働き詰めだからな。たまには休息も必要だろう』

と近藤さんに言われて土方さんに声をかけてきたのだが、当の本人は気が立っちゃって仕方ないようなのだ。人でごった返した通りに鋭い視線を向けている彼は、休むって言葉を知らないのではないかと思う。おかげで新八の顔は引きつりっぱなしだ。

「…………」

「?なに、土方さん?」

「いや…」

そんな不機嫌鬼が、何を思ったかあたしを凝視して黙り込んでいる。問えば、何食わぬ顔で。

「よく似合ってると思ってな。ちっこいガキみてぇだ」

「うるさいな!」

ちっさい子どもみたいだなんて、あたしが一番思ってるわコンチクショウ!

「いいじゃねぇか。可愛いぜ、クライサ」

そう言って、くしゃりと頭を撫でてきたのは左之だ。

「赤って言われた時はどうかと思ったが、意外と合うもんだな、お前の髪の色と」

「へ?」

「あ、確かに。クラちゃんの髪って青いから、赤い浴衣じゃ反発しちゃうんじゃないかなって思いましたけど…」

「ああ。お互い引き立て合ってて、いい感じだぜ」

左之の言葉に千鶴が同意して、それを聞いた新八が感心したように頷いている。褒められているらしいことは素直に嬉しいのだが、あたしは引っかかりを感じずにいられなかった。“赤って言われた”?

「おや、随分と可愛らしい子たちを連れてますね」

と、背後から聞き覚えのある声がしたことで、あたしの疑問は口をつくタイミングを逸してしまった。あたしと千鶴が振り返ると、土方さんと新八、左之の声が重なる。

「遥架」

「帯刀さん!」

三人とそれぞれ目を合わせたハルは、次いで名を呼んだ千鶴に向けてふわりと微笑む。何をしてるんだ、と新八が問うと、仕事ですよと微笑み顔のまま言った。人で溢れた送り盆の市中。監察方はそんな日だからこそ休めないのだと。

「左之助、新八。君たちはゆっくり羽を伸ばしておいで。休める時に休んでおきなさい」

「ああ」

「おうよ!」

「おい、てめぇら!何馬鹿なことぬかしてやがる!どんな時でも新選組幹部としての自覚をだな、」

「あんたもですよ、土方さん。何のために近藤さんが、あんたも誘わせたと思ってるんです」

「…………」

険しい顔して黙り込んだ土方さんが睨むけど、ハルは全く動じない。柔和な微笑みを返されて、やがて土方さんのほうが折れた。深々と溜め息を吐いて、諦めたようにそっぽを向いてしまう。

「……行くぞ。送り火、見るんだろ?」

「あっ、はい!」

ぶっきらぼうに言って歩き出した彼に、慌てた千鶴がついて行く。はいはい、と続く新八と左之。それを眺めるハルに軽く挨拶してあたしも続こうと思ったら、

「麻倉君」

「うん?」

振り返ったあたしの正面で、ハルが身を屈める。彼が手にしているものーー赤い花に目を丸くしている隙に、ハルはそれをあたしの耳の上、髪に挿してゆるりと笑った。

「総司からの届け物です」

「……え?」

「簪と言うには、少し素朴過ぎるけれどね」

楽しんでおいで。そう残して去っていったハルの背中をぼんやり見送る。
左耳の上に挿された、椿みたいな大きな赤い花(そういえばコレ、屯所の庭に咲いてたのと同じ花みたいだ)にそっと触れる。立ち止まって待っていてくれたらしい、土方さんたちがこちらを見て笑っていた。






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