通常では有り得ない短い期間で、あの怪我をほとんど完治というところまで漕ぎ着けたあたしは、山崎君のお許しが(渋々ながら)出たことだしと早速仕事に復帰した。
まだ本調子ではないだろうと、平隊士の稽古や巡察からは外され、押し付けられたのは土方さんの補佐。山を築いた書類の一枚一枚に目を通し、必要事項を記入していくという司令部時代のサボリ魔上司が脳裏を駆けていくような地味かつ退屈かつ面倒な仕事を、仕方なく文句も言わずに引き受けて数日。自室に引きこもって漸く終わったそれを副長室に届けると、新たな山をもらって部屋を出る。溜め息の一つも吐きたくなるが、締切が数日後な分、容赦はしてもらっているようだ。以前は、今日中に済ませろ、ととても正気と思えない量を平気で押し付けられたのだから。
ひとまずそれを自室に運んで、処理を始める前にちょっくら気分転換しようと千鶴を探すことにした。そういえばここ数日、部屋に籠もりきりなあたしを心配して度々訪ねてきてくれたが、ろくに相手してやることが出来なかったのだ。数日ぶりにゆっくり顔を見てお喋りしたい。

そうして千鶴を探し始めたあたしを、廊下の先から歩いてきた近藤さんが呼んだ。
君に見せたいものがあるんだ、と言われて連れられてきた広間には、新八と左之、千鶴の姿があった。そして畳の上には真新しい行李が置かれている。千鶴の手に新品らしき浴衣と帯があったから、この行李に入れられていたのはそれだろう。

「今日は送り盆だろう?せっかくだから、それを着て出かけてくるといい」

近藤さんが千鶴にそう言って、あたしはやっと理解した。
今日は七月十六日、送り盆。

「皆で、大文字焼きでも見てきたらどうだね」

「近藤さん、確か、こっちの人間は“大文字焼き”とは言わねぇんじゃなかったか?」

「あっ…そういえばそうか。以前、山崎君に訂正された覚えがあるな」

大文字焼き、つまり“送り火”は、ここ京で毎年行われているお盆の行事のひとつだ。京を囲む山々に十の形の送り火をそれぞれ焚き、お盆に還ってきた祖先の霊を慰めるらしい。今日は店も夜遅くまで開いているし、町は送り火を見ようという人でいっぱいなのだろう。
あたしは錬金術師だし、霊だとかは信じていないけれど、こういった行事にはそれなりに興味がある。日本独特の“お盆”は地域ごとに様々な風習があるらしいし、全く外の人間からすれば興味深くてたまらない。

で、だ。
千鶴の戸惑った顔から察するに、この浴衣は彼女へのサプライズプレゼントだということだ。
……サイズどうしたんだ。まさか左之あたりが抱き締めた感じで目測、なんかしたんじゃあるまいな。あれ本当、やられるとかなりのショックがあるからやめてほしいんだよな……急に式典用の軍服作らなきゃって時にやられたっけな……いくらあたしが視察続きで飛び回ってたからって、成長期を相手に数ヶ月前の身体データじゃ心許ないからって、「つい先日抱き締めた感覚が残ってたから」は無いよお兄ちゃん……しかもピッタリだったよ。もちろんぶん殴りましたとも。
……ま、向こうと違ってこっちの着物はそこまで厳密にサイズ測る必要なさそうだし、気にすることもないか。

「いーんじゃない?行っといでよ、千鶴」

気分転換も必要だろうし、何よりこれは彼女のために用意された浴衣だ。断っては近藤さんたちに悪いだろう。朝顔のような花をあしらった水色の浴衣。これを着た千鶴は可愛いんだろうな、と頬が弛む。

「何を言っとるんだね。君もだぞ、麻倉君」

「はい?」

「お前も行くんだよ。ほら、せっかく用意したんだ。らしくもねぇ遠慮はやめろよ?」

左之に腕を引かれて千鶴の向こうに回り込めば、行李の向こうにもう一つ別の行李があることに漸く気付いた。えー?

「いや、でもさ」

「はいはい、ゴネないの」

「総司!?」

いつの間にやって来ていたのか、背後に突然現れた総司が、あたしの困惑なんかそっちのけで行李を開く。中から現れたのは赤色の派手な浴衣だ。あしらわれた花の種類はちょっとわからない。……なんとなく、小さい子ども用に見えるのは気のせいだろうか。

「せっかくだから行ってきなよ。“新選組の麻倉”は今日はお休み」

「え…あ、う…」

「大丈夫。君のお目付がなくても、僕は部屋で大人しくしてるから。お土産よろしくね」

「……了解」

そんなふうに言われたら、行かないなんて言えないじゃないか。
行李から出した浴衣と帯を渡されて、両手が塞がった隙に腰に差した氷纏と脇差を持っていかれる。とっさに文句を言いかけた口は、落ちてきた微笑みに閉じざるを得なくなった。






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