どがすっ


…………何故だ。
激しくぶつけた額と鼻をさすりながら、蹲ったあたしは一人、疑問を抱く。
現在地、西本願寺内、新選組屯所。の、自室の前、の、廊下。の、壁の前。

「あっ!クラちゃん、また勝手に部屋出て!」

「ちっ……うるさいのが来た」

「何?」

「いいえ何でもありませんごめんなさい千鶴さま」

廊下の角のあたりで聞こえた声が、ずんずんという足音と共に近付いてくる。さすがに視界の無い今の状態で、彼女から逃げおおせられるとは思っていない。すぐに観念したあたしがホールドアップすれば、千鶴はこれ見よがしに溜め息をついて、それからあたしの横に膝をつく。右手に触れる熱は千鶴の手のひら。しっかりと繋がれた手を引かれたことであたしは千鶴と共に立ち上がり、今しがた出てきたばかりの部屋に連れ戻される。

「もう、どうしてじっとしてられないの!?」

「性分です」

「壁にぶつかるの、五回目なのに?」

「千鶴いない時に二回ほどぶつかってます。だから七回だね」

「…なのに懲りないんだね」

「まったくです」

部屋の中心に敷かれた布団の上に導かれ、別に強要されたわけでもないのに正座してます麻倉さん。デコと鼻がまだヒリヒリしてます。千鶴のお怒りは、すでに呆れと諦めのレベルにまで来ているようです。よし、もう一押しだ!

「またやったら、近藤さんに言いつけるよ」

「うわ、それ勘弁!ごめんなさい!」

訂正、あと一押ししたら千鶴のメーター振り切れそうです。土方さんに言いつけられるのは別に平気だけど、近藤さんに心配かけるのはごめんだ。あの人の悲しそうな顔見ると、なんか心にコークスクリュー・ブロー食らったような罪悪感に襲われる。っていうか屯所移転の件でくっそ忙しい彼に迷惑かけたら、土方さんと総司にぶっ殺されそうだ。

「……本当に見えてないんだね」

「その台詞、何回目?」

「だって、食事はわりと簡単そうに済ませるし、隊士さんの…稽古?は、見えてるみたいにこなすんだもの」

「食事に関しちゃあたしも不思議に思ってるよ。思いのほかうまく食べれるもんだなって。もっと苦労すると思ってたけど……ま、食事を大切にする精神ゆえかね」

で、彼女の言う“稽古”とは……平たい話、“不意打ち”だ。
あたしの視界が利かない、なんて絶好の機会を見逃さなかった一部の隊士が、どうやら常々気に入らなかったらしいあたしに襲いかかってきたのは一週間前のこと。ちょうど付近に人気がなかった真っ昼間、数人の隊士があたしの部屋に押し入って、畳の上でストレッチをしていたあたしに斬りかかってきた。

が、結果は言わずもがな。本当に出来る奴、ってのは、見えないからといって真正面からかかってくるわけがない。で、出来る奴以外にあたしが苦戦するわけもない。
療養が決まった時点で取り上げられた愛刀が手元にないのには些か困ったが、かわりに手を伸ばしたのは、前に千ちゃんから貰った扇子だった。さすがお姫さま、高級品らしきそれは市中の店にポンと置かれた品々と違い、しっかり手に馴染んで扱いやすい。ま、それでももちろん刀とやり合う用に作られたわけがないのだから、丈夫さは扇子のそれでしかないのだけど、この人並み外れた戦闘狂、クライサ・リミスクに持たせりゃ刀と同じ。
振るわれる刀を受け止めつついなして、出来た隙に肘とか膝とか延髄斬りとか叩き込んで、一分後には全員その場に土下座させた(一名、意識不明)。で、そのメンバーは何故だか「その強さに惚れました、麻倉先生!!」なんて言い出し、心を入れ替えたようなので副長への報告は免れた。

こんな経緯があって、あたしは稽古のため、いつでもかかってこいとハルを通じて隊士たちに告げたのだ。あたしの稽古にもなるし。で、もう既に何チームか返り討ちにしている。先の隊士たちとは違い、あたしを慕ってくれる者がほとんどだが、ちゃんと本気でかかってきてくれたのは教える身としても嬉しいことだ。
千鶴はその場面に何度か出くわし、あたしが隊士たちを叩きふせるところも見ているからあんな発言をしたのだろう。

「あのぐらいの奴らなら簡単だよ。よっぽど気配消すの上手くなきゃあたしは気付くし、攻撃には殺気に近いものがしっかりあるし。見えなくても体が勝手に動く」

「……私、クラちゃんの隙は一生つけないと思う」

「ナメんなよー。これでもあたし、新選組の中じゃきっと一番場数踏んでるからね」

「でも、壁にはぶつかるんだね」

「……はい」

珍しく意地悪言われた。ちょっと悔しい。

そう、それが疑問なのだ。何故あたしは、食事は感覚でなんとか出来るくせに、戦闘には全く支障がないくせに、自室の中でさえ手探りじゃなきゃ歩き回れないのか。

「それが普通だからね?」

「……あ、そっか」

視界ゼロって、すなわちそういうことか。

「でも、これじゃあ困っちゃうなー。ドキッ☆屯所内手探り探検隊の実現が遠くなっちゃう」

「うん、絶対やめてね。今屯所移転の件で皆さん忙しくしてるから。邪魔だから

「……アンタも言うようになったよね」

うん、もう暫くは大人しくしてよう。
千鶴がキレそうだ。






back




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -