イーストシティは今日も平和だ(少なくとも、見える範囲は)。

いつも通りの時間に寮を出て、いつも通りの時間に司令部の門を潜り、いつも通りの時間に司令室に顔を出す。しかし何故か、そこにあったのはいつも通りの光景ではなかった。
リオンより先に出勤し、仕事を始めている筈の面々は、室内に一人もいない。それぞれのデスクを見るに、まだ出勤していないというわけではないらしい。何か急な仕事で席を立っているのか。

とりあえず上官に挨拶がてら、状況を聞こうと思って部屋を出た。
セツナの執務室は、主が先週中央に帰ってしまったので、今は用はない。とすれば、足が向くのはそちらとは逆、この司令部で一番偉い人の仕事部屋。

「失礼しまーす」

コンコンッと二度のノックの後、中からの返答を聞かぬまま扉を開ける。これもいつものことだ。
部屋の奥にある大きなデスクを定位置にしている大佐殿は、そんなリオンの行動に呆れた顔をして、一応は返答を待ちなさいと小言を口にする。これもいつものこ……

「…………」

「…………」

お互い、五秒間たっぷり固まった。

「……失礼しましたー」

「待て行くなここにいろいてください!」

いつも通りじゃなかった。
定位置にいた大佐殿の腕の中に、ケットにくるまれた赤ん坊がいたのだ。一歳弱くらいだろうか。黒い髪の赤ん坊が、すやすやと眠っている。

「大丈夫、俺、察しいいほうだから」

「何が大丈夫か!いいから出て行こうとするな!」

「大方預かってるだけか、何処かに置き去りにされてたから今身元調査してるところとかその辺だろうけど、ちゃんと大佐の隠し子だって勘違いしておくから」

「嫌な察し方だな!というかそこまでわかってるなら余計行くな!!」

そうやってギャアギャア騒ぐものだから、彼の腕の中で眠っていた赤ん坊が愚図りだしてしまった。慌てたロイは何とかあやしてみようとするものの、動揺している人間のおっかなびっくりな抱え方に、いよいよ赤ん坊が火のついたように泣き出した。あーあ。泣き止んでくれ、と懇願しながら体を揺らしてみたり抱え上げたりしているロイの困り顔に、リオンは溜め息を吐く。

「そんだけ慣れてないと、隠し子って線は薄いな」

「だからっ」

「貸して」

え、と間の抜けた顔をしてこちらを見るロイに構わず、その腕の中から赤ん坊を取り上げた。両腕で抱え直すと自身の体ごと左右に揺らしながら、右手で背中を一定のリズムで叩いてやる。リオンが抱えた時から赤ん坊は目に見えて落ち着いていき、暫くすると先程のように眠り始めた。

「ふぅ」

「…すごいな。君、随分と手慣れているんだな。弟か妹がいたのか?」

「俺、一人っ子。テレビで…ああいや、人がやってるの見たってくらいだよ」

「だが、見ただけで出来るものでもないだろう」

「そうかな…」

赤ん坊が大人しくなってくれたことに安堵する反面、しまったと思った。こうなっては、ロイはそう簡単にこの子を受け取ることをしないだろう。逃げられなくなった。その証拠のように、ロイがしてやったり顔でこちらを見上げてくるので、リオンは目の前の執務机をガツンと蹴った。







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