やはり逃がしてくれる気は更々無さそうだ。リオンはとっとと諦めた。応接セットのほうに移動すると、向かい合わせのソファーの片方に腰を落ち着ける。勿論、腕の中には赤ん坊が収まっている。

「で?」

状況。こうなった経緯を教えろ。
一文字の疑問文から意味を読み取ったロイは、苦笑しながら向かいの席に腰掛ける。ああもう、こうなるんだったら、コーヒーの一杯でも持ってきたのに。当然、自分の分だけだが。

「実は、クライサがな」

「産んだのか?」

「そんなわけがあるか!!」

うるさい。ローテーブルに転がっていた万年筆をぶん投げる。ロイの眉間にヒット。痛みに震える男を無視して、腕の中で愚図る子どもをあやす。馬鹿亭主をあしらう出来た嫁のようだ。……うわぁ、我ながら馬鹿なこと考えた。
最愛の妹に子どもができた時のことでも想像したのか、目に見えて不機嫌になったロイの姿に溜め息を吐く。まったく、彼のお守り役となってからの溜め息の数といったら、逃げた幸せが一回りして帰ってきそうだ。

「姫が預かったのか?それとも拾ってきた?」

「後者だ。出勤途中、司令部の外壁のそばに置き去りにされていたのを見つけたらしい」

「その本人は」

「意気揚々と、担当している事件現場に出掛けていった」

「……あ、そ」

で、この大佐殿は可愛い妹に見事、厄介事を押し付けられた、と。……哀れめないのは、その大佐殿に更に厄介事を押し付けられたのが自分だからだ。

「中尉やハボックたちに身元を調べさせている。捜索願でも出されれば早いんだがな」

「それで司令室に誰もいなかったのか。とにかく、調べ次第ってことだな」

身元がわかるまで……つまりは親の手に文句つきで帰してやるまでは、リオンが子守を担当してやらねばならないというわけだ。まったくもって迷惑な話である。早く親見つけてこいハボック以下四名!

「こんちはー」

「もう、兄さん!ちゃんとノックしなきゃダメだよ」

と、そこに元気な声が割り込んで、開いた扉から少年たちが顔を覗かせた。
エドワード・エルリック、アルフォンス・エルリック。
昨日イーストシティに着いたが、列車の遅れや何やかんやで時間が遅くなり、兄のほうの疲労も溜まっていたこともあって、明朝司令部に顔を出すから、と連絡をよこしていた兄弟だ。

扉から正面に見える執務机に上官がいないことに気付くと、兄弟は室内に視線を走らせた。見通しのいい部屋だ、応接セットのほうにいた二人を見つけることは容易い。
背もたれ越しに振り返ったロイと顔を上げたリオンが、兄弟と互いの姿を確認した時、ロイとリオンは唐突な既視感に襲われた。数秒の沈黙。これは、そう、つい先程。

「「……どっちの子?」」

「お前らそこに正座しろ」

タチの悪すぎる冗談だ。
すかさずリオンが鋭い声で斬り込めば、兄弟はすぐさま頭を下げて謝った。さすがに、この二人も何となくの事情は察しているらしい。次いでロイの顔にじっとりとした視線を送るが、彼が睨みで返せば、冗談だよ、とへらりと笑顔を作って見せた。







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