その後、リオンとロイは子持ちの女性事務に話を聞きながら赤ん坊の世話をして過ごし(エルリック兄弟も巻き添えだ。こんな時に訪ねてくるのが悪い)、夕方になって漸く母親が判明し、子守から解放されることになった。
なんでも、母親が弟の世話ばかりを焼くことに嫉妬したらしい小さな兄の、小さな悪戯心から始まった事件だったらしい。罪悪感に耐えかねたその子に泣きつかれ、漸く思い至った司令部に駆け込んできた母親の、赤ん坊を抱いて安堵した泣き顔に、リオンたちもまたほっとした。リオンが抱いている間はずっと大人しくしていた子だが、一日中母親から離れていれば不安になるのが当たり前だ。

「しかし、こんな時間になって、しかも母親のほうから来てもらって漸く解決するとは…あいつらは何処で何を調べていたんだ」

「中尉に文句は言うなよ。担当件数ぶっちぎりで、こっちのことまで手回らなかったろうし」

「…手が空いていたと考えると、ハボック少尉とブレダ少尉か」

「今日の晩飯は二人の奢りだな」

書類だって少なからず溜まっていたのに、今日はほとんど手を付けられなかった。ほぼ一日中赤ん坊を抱いていたせいで凝り固まった体を解すように、んー、と両腕を頭上に伸ばす。
さて、そろそろ定時だし上がる準備をするか。司令室に踵を返そうとしたリオンは、共に赤ん坊と母親を見送ったエドワードの表情に気付いて足を止めた。

「どうした、エドワード?」

「え?」

「しんみりした顔してる」

そっかなぁ、と自分の顔をぺたぺた触る少年に苦笑した。アルフォンスがロイと話していることを確認して、エドワードは何故か潜めた声で話し出す。

「あの子の気持ち、ちょっとわかるなぁって」

「あの子……兄貴のほう?」

母親に渡された弟を小さな体で一生懸命に抱いて、泣きながら謝っていた少年を思い出す。母親と同様に心底安堵した様子がとても微笑ましかった。

「うん。昔さ、オレとアルがまだまだガキだった頃、何かあるたびに母さんはアルの味方してさ、オレには『お兄ちゃんなのに』とか『お兄ちゃんなんだから我慢しなさい』とか言うわけだよ」

「あー。まぁ、言うよなぁ」

「そ。当たり前に言うようなことなんだけどさ、ガキの頃はそれがおもしろくなくて、母さんはアルのほうが大事なんだ、オレのことが嫌いなんだって拗ねたりしたんだよな」

「…やっぱ兄弟ってそういうことあるんだ。俺は機会自体がなかったからなぁ…」

一人っ子だし、身近にいた兄弟みたいに育った幼なじみは自分と同じように扱われていて贔屓された記憶もない…というか、むこうのほうがよっぽどやんちゃで怒られっ子だったし。
そんな経験もちょっとばかり羨ましいなと思いつつエドワードに視線を戻せば、過去を懐かしんでいる様子だった彼は何故か不機嫌そうに顔を歪めている。

「……どした?」

「いや…そん時に諭されたの、あいつだったなって思い出して…」

「あいつ?」

「…………父親」

なるほど。母と子を置いて家を出て行ってしまった父親を、エドワードが憎んでいることは知っている。
だが、

「諭されたってことは、筋の通ってること言われたんだよな?」

「……ムカつくけど、色々考え直した」

「いい父さんだな」

予想通り、不機嫌な眼が睨み上げてくる。セツナのそれより若干丸みを帯びた金眼は、しかしつり目もあいまってなかなかに鋭い。けれどリオンは怯むことなく手を伸ばし、エドワードの頭をクシャリと撫でた。

「その後のことでお前たちが父親をどう思ってるかは聞いたよ。それについては俺が弁明することじゃない。する気もないしな」

「……」

「でも、少なくともその瞬間は、お前の父親は“いい父親”だったんだと思う。…赤の他人がそう言うことくらい、許してくれよ」

「……うーーーん」

むくれるなって。苦笑しつつ、頭の上にのせたままだった手でまたグシャグシャと髪をかき混ぜてやる。やめろよ、と早々に音を上げたエドワードの表情はいつもと変わらぬものだ。こちらのじゃれあいに気付いたロイとアルフォンスが、呆れた顔で眺めている。

(でも、本当に思ったんだ)

家族を本当に大切にしている人なんだなって、大切なことを自分の子どもに教えられる人なんだなって、いい父親なんだなって。


(それに比べて、)


「…………?」

「ん?どうしたんだ、リオン?」

「…いや、お前らも一緒に飯行かないか?ハボックたちに奢らせるつもりなんだけど」

「おうっ、行く行く!」

「ちょ、兄さん!」







押し殺す疑問
(俺は今、誰と比較した?)








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