軍人になったばかりのひよっこ、それも成り行きで正規軍人になっただけでろくな訓練も受けていなかった、ほんの数ヶ月前までただの民間人だった小僧に出来ることなんてたかが知れている。やる気になったところで、あのセツナ・クラウンを止められるとは到底思えない。
それでも、『したのに出来なかった』のと『しなかった』のが大きく違うことにかわりはない。リオンがしたことは、届かない声を上げ続けただけだ。金縛りにかかったように動かなかった体は結局、たった一人の人間も守れずに崩れ落ちた。
あの時ロイが来なければ、リオンは間違いなく死んでいただろう。殺されていただろう。そしてセツナの心に、一生消えない傷を残すことになっただろう。冷酷そうな素振りをしても、彼女は優しいから。そうならずに安堵する反面、悔しくもなる。自分一人では何も出来ない、という事実。

「よし、行こう」

胸のうちでモヤモヤと燻る思いを、ゆっくり時間をかけて言葉にし、漸く一区切りついたところで突然エドワードに手を握られた。
きょと、と目を瞬くリオンに構わず立ち上がった彼は、ずんずんと音がしそうな足取りで部屋を出、廊下を進んでいく。当然、手を握られたままのリオンはついて行くのに必死だ。何しろ前を行くのが小さいので、危うくつんのめりそうになってしまう、…と口にしないのは経験則。

「おい、エドワード」

振り返らない背中に声をかけても反応無し。人々の不思議そうな視線を浴びながら、相変わらず引っ張られたまま廊下を進む。後ろからついてくるアルフォンスに慌てた様子はない(むしろ少し呆れている気がする)から、彼には兄の行動の意味がわかっているのだろう。
なんだかな。エドワードを呼び止めることも行動の意を問うことも、些細な注目を浴びることにも諦めがついた頃、前を行く少年が屋上へ続く階段を上り始めた。

シーツなど洗濯物を干すスペースとして利用されている屋上は、患者や見舞いに来た人間にも開放されているが、大して景観が良いわけでもなく、大抵は綺麗に整備された中庭のほうを利用するため、人がいること自体が稀だ。リオン自身も、そこそこの長さがあった入院期間、二度三度ほどしか赴いたことはない。
物干しの作業をするナースたちの姿すらない屋上はがらんとしており、並んで干されたシーツが緩やかな風に小さく揺れている。晴れとも曇りともつかない中途半端な空の下、暖かな日差しも望めない気候の中、少し前まで身を包んでいた入院着では肌寒かったろうなとふと思った。傷口が塞がったのを確認した日から、寮の自室からハボックが持って来てくれた普段着を着用しているのだ。

「オレとふたつしか違わないのに、リオン、なんかやけに大人だって思ってた」

いつも、すげぇ落ち着いてて。ふたつしか違わないのに。
こちらの呼びかけなんぞひたすら無視してくれ続けた少年が唐突に語り出す。それだけなら黙って聞いていたのだが、彼はこちらに振り向きながら、拳を構えて戦闘体勢をとったのだ。

「は、おい、エドワー、」

「オレとアルが旅の間にあったこと話してる時も、大人みたいな顔して聞いてるだろ。なんか、こう、喩えがおかしいかもしれないけど、子どもの話聞いてる親みたいに、微笑ましそうにさ」

おまけに殴りかかってきた。話が入ってこない。慌てて躱しながら、助けを求めるようにアルフォンスを見れば、彼は少し離れた手摺りのそばで、ぽやんとした雰囲気を纏ってこちらを眺めていた。なんだこの兄弟。

「オレ、お前に話聞いてもらうの、好きだし、楽しいよ。だけど、なんつーか…ほんの、本当にちょっと、寂しかったりもした」

「ちょ、おま、今の蹴り本気だろ!?しかも機械鎧のほうで……って、寂しい?」

「お前がオレたちのこと、ちゃんと友達だって思ってくれてんのはわかってる。だけど、遠かったんだ。ふたつ。アルはみっつだけど、それしか違わないのに、すげぇ大人に感じられて!」

なんだか杞憂だと言い返してやりたい言葉を吐かれている気がするが、相変わらず話の内容は半分も頭に入ってこない。それよりも繰り出される攻撃を躱すので精一杯だ。こちとら、ほぼ完治したとはいえ怪我人の入院患者、体力だって落ちている。

「でも、安心した」

普通の学生をしていた頃、親友兼相方兼幼なじみに巻き込まれて参加せざるを得なかった喧嘩では易々と躱すことの出来たパンチより、よっぽど速くて鋭い拳が頬のすれすれを掠って過ぎる。三度非難の声をぶつけようと見下ろした顔は、楽しそうに笑っていた。

「オレたちと同じなんだなって」

ーーやり切れない思いに悩むこともあれば、力が足りずに悔やむこともある。

『悔しかったんだ』

予想外の笑みに瞬間、硬直した。その隙に振るわれた腕を防ぎきれず、手の甲に殴られた左の頬がバチンと鳴る。ぶちん。二人の耳の奥に、同時に音が聞こえた。

「当たり前だろ、ばか」

はぁはぁと、肩を揺らして腰を下ろした二人の頬は、片方ずつ赤く腫れている。いつの間にか姿を消していたアルフォンスが戻ってきて、リオンの病室から持ってきたらしいタオルを二人は受け取った。

「俺だって、男だ」

やられたら、やり返す。負けたくないし、出来ないのは、やっぱり悔しい。

「悩み多き十代の青少年だよ」

「うん。一通り暴れたらすっきりする、ガキだよな。オレたちと同じ」

「……だな」

悩むの、飽きた。
大人の微笑みでなく、子どもの笑顔でリオンは言って、顔を見合わせた兄弟と一緒になって声を上げて笑った。







男の友情
(腫らした頬は、勲章と言っておこうか)








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