「いいのか?」
「いいんですか?」
「いいのね?」
「いいの?」
「いいのかい?」
会う人会う人、みんな同じ質問をするものだから、三人目あたりから苦笑を禁じ得なかった。ちょっと心配そうに、顔色を窺うような問いかけは、本当にあたしのことを気にかけてくれている証。
だからあたしは、みんなに同じ答えを返した。
いいんだよ、と。
After Story/12
白紙の手紙
アルタミラでリーガルとプレセアに、イセリアでジーニアスとリフィルに顔を見せた後、しいなと向かった先で落ち合ったロイドとコレットの表情を見て、また苦笑した。あたしの要望を、彼らは既にしいなから聞いているらしい。レアバードを降りるなり抱きついてきたコレットに抱擁を返して、浮かない顔のロイドに目を向ける。
いいのか、いいの、と。他の仲間たちと同じ問いは既に予想がついていた。それに頷けば、何か言いたげな視線をしいなが向けてくる。その問いが、“この世界を離れること”そのものに対してでないからだ。
「いいんだ。……言えないんだよ」
あたしが元の世界に帰るには、ロイドの持つエターナルソードの力が必要だ。どんな原理か知らないが、異世界を渡ることが可能なのだとオリジンが教えてくれたし、どうやらあたしの帰りたい場所に確実に帰してくれるようなので、彼の言葉を信用している。
だから、帰ると決めてすぐ、しいなにロイドへの連絡を頼んだ。彼女も、ここへ来る間に会ってきた仲間たちも、あたしがこの世界を離れるのを悲しむことはあっても、引き止める声はなかった。元々、あたしはこの世界にとって異物でしかない。あの時クラトスに言われたように、本来ならとっとと出て行かなければならないところを、あたしの我が儘で長居していただけなのだ。
だからロイドたちも、引き止めるのが正しくないことを知っている。彼らの“いいのか?”は、ただ、ゼロスにだけ無断で事を決めたことに対してだ。くれぐれも、彼の耳にだけは入らないように。そう頼んで、ここまで来た。
(言えない)
フラノールでの件から五日間眠り続けて、目覚めてからもゼロスに会うことはなかった。ディザイアンの残党を今度こそ掃討するべく動いていると聞いて、数日家に帰ってこれないほど忙しくしていることに申し訳なくなる反面、有り難かった。帰ると決めた状態で、彼にどんな顔をして会えばいいのかわからなかったのだ。
そして、やはり彼が留守にしている間に、セバスチャンに断って家を出てきた。そう、フラノールのあの時から、あたしはゼロスと一度も顔を合わせていない。
「……名残惜しくなっちゃう。お願い、ロイド」
一拍間があったけど、しっかりと頷いてくれたロイドは眉を寄せて笑っていた。寂しそうな笑顔のコレットの手を握り返して、やはり物言いたげなしいなに頷いて見せる。
エクスフィアを外してロイドに託せば、いよいよこの世界とはお別れだ。ロイドの二刀が、紫の大剣に姿を変える。エターナルソード。苦しみ、悲しみ、戦い抜いた彼らの旅の最終地点で、世界を変えた一振りの剣。
「あたしたちのこと、忘れんじゃないよ」
「元気でね」
「またな!」
ーー……“また”
とてもあっさりとしてしまった別れの後、次元の狭間を、懐かしい気配のするほうへと歩きながら、ロイドの言葉を反芻した。また。
「そうだね……また、いつか」
どうしても言えない“さよなら”のかわりに。……言えば良かったのだろうか。彼に。……言えれば良かった、のに。
「…………ゼロス」
数日ぶりに戻った家に、探し人の姿はなかった。
普段通り、几帳面過ぎない丁寧さを持った少女の手によって整頓された机、タイトル順に並べられた本棚、皺のないシーツと彼女自身がこだわって購入した枕。何ら不自然なところなどない、だからこそおかしく感じてしまう室内に、少女の姿はなかった。
かわりのように、机の上に手紙を残して。
宛名のない、シンプルな桃色の封筒を開けると、二つ折りにされた便箋が入っていた。予感はしていた。それを広げても、何も、書かれていない。
「……ったく」
わかっていた。
口をつきそうになる文句は、どれも形になる前に自分自身で否定した。サヨナラくらい書けばいい、顔を見せろ、直接別れを告げろ。どれも、ああ、出来なかったのだ。彼女が、自分と同じ気持ちなら。
「……どうしてくれんだよ……」
言えたら良かった。
“さよなら”と、笑って言える関係で終わってくれたなら、良かったのに。
言えない自分は、これから、彼女のいない世界で生きなければならない。
“さよなら”も“またね”も、言えない
After Storyも終わりです。ざらっとした終わりですが←
ここからクライサで言う半年、ゼロスたちで言う二年後、ラタトスク編に入ります。
【H24/06/09】