いつからか、そばにいることが当たり前になっていた。彼女と出会って、過ぎた時間はほんの僅かなものだというのに。シルヴァラント出身の面々よりもずっと短い付き合いだというのに、遥か昔から共にいたような錯覚をしていた。
思い知らされた。たとえ離れた場所にいようと、望めばすぐに会えると思い込んでいた相手に、二度と会えなくなる恐怖を。彼女が自分の元を去ることはないと、無意識に決め付けていた己の愚かさを。クライサ・リミスクが存在しない世界を。
「……あ…」
雪の地面に投げ出された手はピクリとも動かない。腹の上に置かれた頭も、伏せたまま持ち上がらない。自分に被さるように倒れた少女から、ゼロスは目を離すことが出来なかった。
街の人間だろうか、悲鳴のようなものが遠くに聞こえる。しかし、呆然とクライサを見つめるゼロスの目は、他のどこにも向けられることはない。自分の代わりに血溜まりに沈む少女だけが、その視界に映るすべてのものだった。
「ゼロス!!」
彼の名を呼んだのは、しいなの声だった。それが伝えるのは、危機の再来。金縛りにでもかかったかのように動けないゼロスに、隙ありとばかりに刃物を持ったディザイアンが襲いかかってきたのだ。
それでも彼は動かない。目は少女を離れず、手は雪の上で起こした体を支えるだけ、足は倒れた少女の下。何の行動も取れないまま、振り下ろされた凶刃を待つのみ。しいなの悲鳴じみた声が上がった。
After Story/07
それでも、笑う
「どこまでバカなんだよ、アンタは」
刃は彼の体に触れることなく、よく手入れされた剣に防がれて止まった。ぶつかり合った剣の向こうでディザイアンが舌打ちし、後方に飛び退くとどこからか数人の仲間が出てきてその横に並ぶ。
「まったく……おちおち寝てもいられない」
溜め息混じりに言いながら、剣を片手に立ち上がった。よろめきながらも左の手で、鞘に収まったままのもう一方の剣を抜く。
「……クライサ、ちゃ……」
「ここでアンタが殺られたら、あたしが体張った意味が無いでしょーに」
左の剣を握る手に力が入らないことに気付くと、柄から伸びた紐を柄ごと手に巻き付けて結んだ。軽く振って支障がないことに頷き、双剣を構え直してディザイアンたちへと目を向ける。しいなの制止の声が聞こえる。傷を受けた背中は左肩から斜めに大きく裂け、尚も大量の血を溢し続けていたが、それでもクライサは止まらなかった。
「そこで見ときな」
すぐ終わらせるから。振り返った先の呆然としたゼロスの顔に、間抜け面、と笑った。
君の無事を祈って