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ラムズイヤーの町はダブリスより南東に位置するだけあって陽射しは強く暑い。砂漠に近いのでムッとした熱気に包まれているだろうと想像していたが、予想は外れ、気持ちの良い空気がクライサたちの身体を包んだ。高い山にぶつかった風と大きな川が町の空気を適度に冷やしているのだろう。
「大きな町だね」
「最果てのオアシス、って言われてるらしいよ」
川に並行しながら進んだ列車は、町並みがよく見渡せる駅でゆっくりと停車した。
旅人や商人たちに混じって列車を降りたエドワードとアルフォンス、クライサは、駅前にある防波堤を兼ねた石畳の道を横断する。腰ほどの高さの壁に手をついて見下ろすと、砂利の河原と大きな川があった。太陽光を受けた川の水面がキラキラと輝いている。
川を背にして反対側を向くと、列車の走るレールがあり、貨物車両に荷物を載せやすくするためか、駅のまわりには倉庫がたくさん並んでいる。その後ろには太陽に照らされた高い山があった。
大きな町でありながら自然も残っているラムズイヤーは、最果てのオアシスの名に相応しい風景を見せていた。
それぞれの絆 第二章
「さてと、行くか」
「エッガーさん、だよね」
「うん。三番地だってさ」
エドワードは大きく伸びをして凝り固まった身体をほぐすと、イズミから貰ったメモをポケットから取り出した。
彼が列車内で寝ている間にアルフォンスが車掌から聞いた話では、この町の北側から南に向かって、一、二、三、四、五、と番地になっているそうだ。だからきっと真ん中あたりだろうというアルフォンスの言葉にエドワードとクライサは頷く。ちなみに、駅は一番地に位置している。
「まずは川の向こう側に行かなきゃな。あの橋を渡ろうか」
川には橋が五本ほどかかっており、そのうちの駅に一番近い橋を目指して三人は歩き出した。
辺りを眺めつつ歩いているうちに橋の前に着いたが、そこで足は止まってしまう。橋の手前に憲兵が並んでいたのだ。憲兵たちは通ろうとする人たちを手で追い払っている。
「この橋は暫くの間、通行禁止だ!別の橋を使え!」
「ほら、ほら、とっとと帰れ!」
どうやら通行止めらしく、橋の入り口はバツ印に組み合わされた板で封鎖されていた。
「これまた態度悪い憲兵さんですこと」
「橋が壊れてるのかなぁ?」
「そうは見えないけどな……」
鉄筋の骨組みの上に木の板を打ち付けて作られた橋は、まっすぐに延びて向こう岸まで届いている。橋に近付いて首を伸ばしたエドワードがいくら目を凝らしてみても、破損している箇所があるようには見えなかった。
やがて、橋を眺めているクライサたちに気付いた憲兵が一人、ゲート越しに足早に近寄ってくる。
「おい、そこの三人!なにをしている!」
その高慢な言い方に、エドワードは思わずムッとしてしまった。アルフォンスは一歩足を引いたが、クライサは憲兵の存在に気付いていないようなそぶりで丸無視している。
「なんだよ。別に橋を見ているだけじゃんか」
「なんだと、小僧」
エドワードがぶっきらぼうに返すと、憲兵の顔つきが険しくなった。慌てたのはアルフォンスだ。来たばかりの町で問題を起こすのは得策ではない。不穏な空気をかもし出すエドワードと憲兵の間に、急いで身体を割り込ませる。相変わらず、クライサは知らぬふりである。
「あ、あの、どうして封鎖されてるんですかっ?」
半ば強引に目の前に立たれた憲兵は眉を顰めたが、身体の大きいアルフォンスに圧倒されたのか、しぶしぶ口を開いた。
「最近、合成獣が人間を襲っているのは知っているだろう?」
エドワードとアルフォンスは朝方ダブリスで遭遇したばかりだし、クライサもその話は汽車の中で聞いていたので素直に頷く。
「ラムズイヤーにもいつ野生化した合成獣どもが出てもおかしくない。この橋の先に住むベイソン准将が襲われては大変だからな。こうして屋敷周りにはネズミ一匹入れんようにしているのだ」
「ベイソンー?」
あからさまに不機嫌そうな声がしたのは、顔をしかめたエドワードの背後からだ。普段より低めた声でゆっくりと、苦々しげに反復された名に、憲兵の鋭い視線がクライサへと向けられる。
ベイソンは南方司令部の重要なポストについている男で、生家が金持ちだったので今の地位も金で買ったと噂されている。一度中央司令部の廊下ですれ違ったことがあるエドワードに、国家錬金術師だからといい気になるな、と囁いてきたこともあった。
一方クライサにとっては普通に面識のある男である。ベイソンはロイをライバル視していることで有名だった。そのおかげで、彼の直属の部下でありおまけに国家錬金術師であるクライサも目の敵にされ、顔を合わせるたびにグチグチとねちっこい嫌みを言われたものだ。もちろん言われっぱなしではいなかったが、そのために余計に敵視される結果になってしまった自覚はある。後悔はしていないが。
「おい、小娘。気安く准将の名を呼ぶな。それになんだ、その顔は」
傾いた機嫌そのままの声色に比例して、嫌そうに歪んだ表情を見咎められた。焦るアルフォンスを尻目に、クライサの態度は変わらない。眇めた目は憲兵と合わされることなく橋の先へと向けられ、返すのはボソッと呟くような声だ。
「べっつに。そのために橋を封鎖するなんて、随分横暴なんだなって思っただけだよ」
「なんだと……?」
主が横暴なら、その下で働く憲兵も似たようなものらしい。憲兵は眉をつり上げ、ゲートを跨いで近寄ってこようとした。同時にクライサが踵を返す。
「行こ、二人とも」
「おう」
「う、うん」
待て、と声がかかるが気にしない。すぐさまクライサとエドワードは逃げ出し、アルフォンスも慌ててその後を追う。
こちらは旅行者風の出で立ちをしているので、この街に来た目的を問い詰められるかもしれない。まさか「発行禁止の本を探しに来ました」とは言えないし、上手くはぐらかせずにベイソンの命を狙っているなどと途方も無い誤解をされてはかなわないのだ。こんな時はさっさと立ち去るに限る。
憲兵から逃げながら、アルフォンスがエドワードとクライサに苦言を呈した。
「もう、二人とも、少しは自重してよ」
「だって、あいつ凄い態度悪いからさ。アルもムッとしたろ?」
「じゅーぶん自重したよ。それとも、アンタはアレがあたしの全力だと思うの?」
「……思わないけどね」
ただでさえ(小柄なわりに)人目を引く外見の二人である。そのうえ率先して行動しがち、勝ち気な性分とくれば、トラブルを起こさずにはいられないのだろうか。アルフォンスはこっそりと溜め息を吐いた。
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