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元の身体を取り戻すための手掛かりを探し、兄弟で旅を続けるエドワードとアルフォンス。
東方司令部のあるイーストシティに戻るまでの間、彼らについていくことにしたクライサ。
三人は、『東の終わりの街』と呼ばれるユースウェル炭鉱へ向かうところなのだが。
「……だーれも乗ってないね」
「噂には聞いてたけど、これほどとは……」
02.
the military dogs
軍の狗
座席にもたれた体が、車体に合わせて規則的に揺れる。炭鉱へ向かう列車には、クライサたち三人以外に乗客の姿はなかった。
「だいたい、こんな所に観光もないだろうけどな」
列車を降りて周囲を見回しても、誰もいない車内同様に、観光客の姿は無い。炭鉱と言えば活気があるイメージがあったが、どうも皆お疲れのようだ。
しかし、三人が入った宿は賑やかで、炭鉱で働いていると思われる男たちも感じが良かった。
「えーと、一泊二食の三人分ね」
宿の主人で、親方と呼ばれている男の奥さんにそう言われて、クライサはいくらか尋ねる。それなりの金額は持っているつもりだったが、親方の次の言葉で撃沈した。
「30万!」
「ぼったくりもいいトコだ!!」
「ひとケタ違うわ!」
他をあたろうとするも、金ヅルを逃がさんとする親方たちに力ずくで止められてしまう。……かと言って、財布の中を見ても
「……足りん……」
「(足りたところで払いたくないけど)」
「こうなったら、錬金術で石ころを金塊に変えて……」
「金の錬成は国家錬金法で禁止されてるでしょ!」
「いいんだよ。こういうことは、そう簡単にバレないから」
「クライサって本当に軍人なの?」
ふと気がつくと、床にしゃがみ込んだ三人以外の別の人物がその話を聞いているではないか(親方の息子の、カヤルだ)。
「親父!この兄ちゃんたち、錬金術師だ!!」
「いやあ嬉しいねぇ!久しぶりの客が錬金術師とは!」
「術師のよしみで代金サービスしとくぜ。大まけにまけて15万!」
「まだ高いっつーの」
壊れたツルハシをエドワードが直してやると、店にいた男たちは歓声を上げ、三人を嬉しそうに歓迎してくれた。
どうやらこの街では、錬金術師は重宝されるらしい。よかった、と思ったのも束の間。
「そういや、名前聞いてなかったな」
「あ、そうだっけ。オレはエドワード・エルリック」
彼が答えた直後、店内がしんと静まり返った。
(あちゃー、)
沈黙の意味を理解したクライサが、顔を歪めて一歩後退る。
「錬金術師でエルリックって言ったらーー国家錬金術師の?」
「……まあ……一応……」
答えた瞬間に襟首を掴まれ、抵抗する間もなくエドワードたちは店の外へと追い出されてしまった。
先程までの歓迎っぷりはどこへやら。手のひら返しとは、まさにこのことを言うのだろう。
「出てけ!」
「こらー!!オレたちゃ客だぞ!!」
「軍の犬にくれてやるメシも寝床も無いわい!!」
思わず、くたばれ、と口走りそうになったクライサの横で、アルフォンスが高く手を挙げた。
「ボクは一般人でーす。国家なんたらじゃありませーん」
「おおそうか!よし入れ!」
「あたしも!あたしも一般人で……」
「騙されるな!そいつはあの暴れ馬で有名な氷の錬金術師だぞ!!」
「エドの馬鹿!!チクショウ余計なことを!!」
「おーなーかーすーいーたー」
「やかましい!」
五回目のやりとりである。
「しょうがないじゃん……お腹すいてんだもん」
「まだ言うか」
他に宿を探そうにも、彼女らが国家錬金術師だということは既に街中に知られてしまっているらしく、何処も頼れそうにない。名が知られているというのも困りものだ。
結局、アルフォンスがいるからといって最初の宿に戻ってきたのだが、中に入るわけにもいかず軒下を頂戴することにしたのだった。
「エドが余計なこと言わなければ、あたしも宿に泊まれたのに……」
隣で壁に背を預けているエドワードを、クライサは恨めしげに睨み付ける。
そりゃあ、普段から(良い意味でも、悪い意味でも)名を上げてしまうようなことをしている自分のせいでもあるかもしれないが、ああいう場面でわざわざ名乗る必要もないじゃないか。レディ・ファースト、というわけではないが、道連れにせずに宿のベッドで寝かせてくれてもいい筈だ。
「アルフォンス君もアルフォンス君だよ。自分だけ助かろうなんて……」
「まったくだ。あの裏切り者め……」
と、二人揃って鎧に怒りをぶつけ始めた時、スッと、目の前にトレイが差し出された。上に載ったパンとカップを視界に入れてから、それを持つ人物を見上げる。
「……アルフォンス君」
「ボクに出されたの、こっそり持ってきたよ。一人分しかもらえなかったから、悪いけど二人で分けて?」
「弟よ!恩に着る!!」
「アルフォンス君男前!!」
「ゲンキンだなぁ……」
「……つまり、そのヨキ中尉とかいう奴のせいで、あたしたちは軒下を借りるしかない状況になったってことか」
「うん……まあ、そんなところ」
アルフォンスが聞いた話によると、この炭鉱はヨキという男によって統轄・経営されており、彼がここの権利を握っているため、働いている者たちの給料はスズメの涙なのだそうだ。
軍上層部に文句を言おうにも、ヨキと賄賂で繋がっているため、話にならない。そのためにここの人間はみな軍人が大嫌いなのだと。
「それなら、国家錬金術師が嫌われるのも仕方ない……か」
錬金術師よ、大衆のためにあれ。
術師の常識であり、プライドであるこの言葉に、軍の狗である国家錬金術師は背いているのだ。
数々の特権と引き換えに、軍に魂を売った。そう思われて当然なのかもしれない。
「国家錬金術師になるって決めた時から、ある程度の非難は覚悟してたけどよ……ここまで嫌われちまうってのもなぁ……」
「軍の犬になり下がり……か。返す言葉もないけどね」
国家資格を取るということは、数々の特権を得る代わりに軍の命令に従わなくてはならなくなる、ということだ。
どんな命令にも背くことは出来ない。
たとえ、人を殺すことになろうとも。
「……ん?」
クライサが溜め息を吐き出すのと同時に、店のほうから大きな物音が聞こえた。
「何だろ、お店のほうからだよね?」
話し声も聞こえる。喧嘩でもしているような、荒げられたものだ。
「さあな。酔っ払いが喧嘩でも始めたんじゃねぇの?」
「兄さん……いくら嫌われてるからって、そんな言い方しなくてもいいじゃないか」
クライサが立ち上がる。エドワードとアルフォンスは、その動きにつられて少女に視線を向けた。
「……なんか様子が変だし……ちょっと行ってくる」
言い終えるとともに歩き出した少女に、エドワードは溜め息を一つ。だがすぐに、その後を追うべく立ち上がった。
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