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「……うわ。見た目からして無能っぽい」
店の入り口から中を覗くと、三人の軍人たちの姿を確認出来た。二人のいかつい男たちに挟まれた、髭が特徴的な細身の男。恐らく彼がヨキだろう。
「あーあ。あれじゃあ嫌われるワケだよ」
徴税に来たようだが、腐ったお偉いさんらしいヨキの態度が、店にいた男たちの怒りを買う。
それはカヤルも例外でなく、怒りを露わにするようにヨキの顔に濡れた雑巾を投げつけた。当然彼が甘んじてそれを受ける筈が無い。ヨキはカヤルを叩き倒し、彼の指示を受けた部下が剣をカヤルに振り下ろす。
だが、
ーーガキンッ
その剣が目標にたどり着くことは無かった。
剣と触れ合い金属音を立てたのは、他ならぬエドワードの右腕である。
その場にいた、クライサたち三人以外の全員が驚愕に目を見開いた。
「ちょーっとやり過ぎなんじゃないの?中尉殿」
エドワードに遅れて現れたアルフォンスに続き、店内に入ってきた少女は言う。ヨキがこちらを見たことを確認すると、床に座り込んでいるカヤルに手を貸した。
「なっ……なんだ!?どこの小僧どもだ!?」
「通りすがりの小僧と」
「小娘どもです」
「お前らには関係ない、下がっとれ!」
「いや、中尉さんが見えてるってんで挨拶しとこうかなーと」
言ってエドワードはズボンのポケットを探る。
ベルトからチェーンで繋がれた銀時計(大総統紋章と六茫星が彫られている。国家錬金術師である証だ)を見せれば、一転してヨキの態度が変わった。
「国家錬金術師殿だとは知らず御無礼を……ええと、そこの小娘……いえ、そちらのお嬢さんは……?」
「東方司令部のクライサ・リミスクをご存知ないですか?」
「まさか……リミスク少佐……!?こっ、これはまたとんだ御無礼を……!ささ、こんな汚いところにおらずに!田舎街ですが立派な宿泊施設もございますので!」
「そんじゃお願いしますかねー」
「ここのおやじさん、ケチで泊めてくれないって言うんで」
嫌味混じりのクライサの言葉に、親方がムッとしたように顔をしかめる。
ヨキたちと共にエドワード、クライサが去ると、
「ぐわー!ムカつく!!」
店にカヤルの声が響いた。
「いいもの食べてますね。街はあんな状態なのに」
グラスを片手に、クライサは言った。その隣でエドワードも食事を続けているが、その表情は依然として堅いままである。
「いや、お恥ずかしい話ですが、税の徴収もままならず困っておりますよ。おまけに先程のような野蛮な住民も多く……」
「納税の義務を怠っておきながら、権利ばかり主張するというわけですね」
「その通り。おお、エドワード殿は話がわかるお方だ。……リミスク少佐はどうお考えですか?」
「この世の理は全て、錬金術の基本である『等価交換』であらわすことが出来ますからね。『義務』あっての『権利』でしょう」
「なるほど、なるほど。うむ、素晴らしい。……ということは、これも世の理として受け取って頂けますかな?」
二人の元に、それぞれ手の平大の袋が置かれる。ふぅん、と小さな声を洩らしたクライサの横で、エドワードがそれをつまみあげた。
「お二人は国家錬金術師だけあって、上の方に顔がきくと思われる。ほんの気持ちですが……」
「これは……いわゆる『ワイロ』というやつで?」
無表情のクライサが問う。続いたヨキの返答とその笑みにも、彼女の表情は変わらなかった。
「『気持ち』ですよ。私は一生をこんな田舎の小役人で終わりたくはないのです。わかっていただけますでしょう?」
「例のホーリングの店ですが、毎晩のように不穏分子が集まって不平をさわぎたてているようです」
「ふん。奴ら前から何かと反抗的だったな。面倒だ……」
クライサたちがそれぞれ部屋へと案内されようとしている時、彼らの背後でその会話は交わされた。
「焼き払え」
ヨキの言葉を、少女は黙って聞いていた。
「ひでぇ……」
翌朝、親方の店は形を成していなかった。
住民の話によると、昨夜店の周りをヨキの部下がうろついていたらしい。交されていた言葉通り、焼き払われてしまったのだ。
「なあ、あんたたち黄金を錬成できる程の実力者なんだろ?パッと錬成して親父……街を救ってくれよ……!」
すがりつくようにカヤルが言う。地面に座り込んだその隣には、アルフォンスがしゃがんでいた。
「だめだ。錬金術の基本は『等価交換』!あんたらに金をくれてやる義理も義務もオレたちには無い」
「てめぇ……てめぇそれでも錬金術師か!!」
殴りかからんばかりにエドワードの胸ぐらを掴む。カヤルのその目には、涙が浮かんでいた。
「『錬金術師よ、大衆のためにあれ』……か?」
ここでエドワードたちが金を出したとしても、どうせすぐ税金に持っていかれて終わりだ。彼らのその場しのぎに使われては、こちらもたまったものじゃない。
「そんなに困ってるなら、この街出て違う職さがせよ」
カヤルの手を払い、情に流されない冷静な言葉を突きつける。そのままカヤルに、親方たちに背を向けると
「小僧。お前らには分からんだろうがな。炭鉱(ここ)が俺たちの家で、棺桶よ」
親方の言葉に、エドワードの表情が変わったのを見て
(本当、お人好しなんだから)
やれやれ、とクライサは溜め息をつくのだった。
「兄さん待ってよ!本当にあの人たち放っておく気!?」
ズンズンと歩いていくエドワードを引き止めようと、その後を追うアルフォンス。クライサは何も言わず、ただ後ろを歩いているだけだ。
「アル。このボタ山、どれくらいあると思う?」
「?1トンか……2トンくらいあるんじゃない?」
「よーし。今からちょいと法に触れることするけど、お前ら見て見ぬふりしろ」
ボタ山(石炭以外の悪石のことだ)の積まれたトロッコによじ登り、両掌を合わせたエドワードに、クライサは変わらず笑みを浮かべている。彼のやらんとしていることを理解したらしく、アルフォンスに、先程の慌てた様子は見られなかった。
「……それって共犯者になれってこと?」
「ダメか?」
「ダメって言ったってやるんでしょ?」
兄のことは自分が一番よくわかっている。エドワードの性格を熟知しているアルフォンスは、諦めるようにして共犯者になることを了承した。クライサもまた、目の前で行われる犯罪行為に目を瞑る。
「そうそう。バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ」
「お前本当に軍人なのか?(二回目)」
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