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『この地上に生ける神の子らよ。祈り信じよ。されば救われん』

街中のラジオから、中年男性のものらしき声が流れてくる。

東部の街、リオール。
ここでは数年前に布教されたレト教が広まり、街の者はみな信者だとは聞いていたが、予想以上に強く信仰されているらしい。

「ラジオで宗教放送ねぇ…」

どの家でも決まった時間になればラジオの電源をつけ、通りのスピーカーからも全く同じ声が聞こえてくる。
少女はグラスに口をつけたまま顔を歪め、つまらなそうに呟いた。






01.
contact and start

接触と始まり






「嬢ちゃん、コーネロ様を知らんのかい?見慣れない顔だが……旅人?」

大通りに面した飲食店。そのカウンターの椅子に腰を下ろした彼女の呟きに、店の主人が目を向けた。洗ったグラスを布巾で拭いながら、鼻の下に髭を生やした主人は問う。

「あー……まあ、そんなとこ。で、誰?『コーネロ様』って」

「コーネロ教主様さ。太陽神レトの代理人!」

少女同様カウンターについていた街人たちが一斉に話し出した。彼らの話によると、『コーネロ』という男は、

「数年前にこの街に現れて、俺たちに神の道を説いてくださった素晴らしい方さ!」

……なんだそうだ。奇跡の業と呼ばれる力を持つ、神の代理人。街の人間から随分信頼されているようだ。

「ふーん」

「……興味ねぇな、嬢ちゃん……」

棒読みを隠しもしない相槌で済ませて再び食事に手をつけ始めると、主人から呆れたような眼差しを向けられた。しかし彼女に、それを気にするような素振りは見られない。

「まったく、さっきのガキ共といい、嬢ちゃんといい………」

「?なに、そのガキ共って」

「さっきもいたんだよ。嬢ちゃんみたいに旅行しに来た子どもが」

詳しく話を聞くと、その子どもたちというのは、小柄な少年と大きな鎧の二人組だったそうだ。彼女と同じようにここで食事をし、教主に関する話を聞いてから、どこかへ去っていったらしい。

「エルリック兄弟だって名乗ってたが……」

「エルリック?あの兄が国家錬金術師の?」

「ああ。だが小柄なほうが兄だって言っててな、おかしな奴らだったよ」

「ふーん……」

拭き終わったそれを置き、新たなグラスを手に取りながら主人は言う。
食事を終えた少女は、彼の言葉に笑みを浮かべていた。






 



「……どう思う?」

「どうもこうも、あの変成反応は錬金術でしょ」

広場に集まる街人たちの中に、鎧と少年の姿はあった。彼らの視線の先には、『奇跡の業』と呼ばれる力で、小さな花を掌より大きな向日葵に変えた男。神父のような服に身を包んだ温厚そうな彼が、『コーネロ教主』である。

「お二人とも、来てらしたのですね」

聞こえた声に目を向けると、近くに見覚えのある女性の姿が見えた。彼女の名はロゼ。街人たちと同様にコーネロを崇拝する、レト教信者である。

「どうです!まさに奇跡の力でしょう。コーネロ様は太陽神の御子です!」

「いや。ありゃーどう見ても錬金術だよ。コーネロってのはペテン野郎だ」

三編みにした金髪、真っ赤なコートが目立つ小柄な少年ーーエドワードは、顎に手を当てながらハッキリと言った。当然、ロゼはその言葉にムッと顔を歪める。

「でも法則無視してんだよねぇ」

「うーん、それだよな」

「法則?」

錬金術は魔法ではなく、れっきとした科学技術だ。それゆえに法則が存在する。
『質量保存の法則』
『自然摂理の法則』
ある質量・属性のものからは、同等の質量・属性のものしか錬成出来ない。
一のものからは一のものしか作り出せないし、水を石にすることなどは不可能だ。
何かを得ようとするならば同等の代価を必要とする、等価交換が原則なのである。

「兄さん、ひょっとして……」

弟のアルフォンスの言葉に、エドワードは顔を上げコーネロを見る。そしてその左手に赤い石のついた指輪を確認した。

「ああ。ひょっとすると……ビンゴだぜ!」






 



『生きる者には不滅の魂を、死せる者には復活を』

それが創造主たる太陽神レトの代理人、コーネロ教主の教えだ。
身寄りもいない、そのうえ恋人まで事故で亡くしてしまったロゼは、彼の教えに救われたという。

「胡散臭いなぁ……」

礼拝堂に設置された長椅子に腰掛け、レト神を模した彫刻を眺めながら、少女は閉じた手帳を懐に戻した。広い礼拝堂に、少女以外の人間はいない。整然と並べられた長椅子の一番前に座ったまま、深い溜め息をつく。

(コーネロ教主、ねぇ)

広場で見た限り、彼の『奇跡の業』は間違いなく錬金術だ。多少法則を無視している部分はあるが、それはある物の存在を知っていれば説明がつく。賢者の石。幻の術法増幅器と呼ばれるあの物質なら、教主の見せた錬金術の施行も可能だ。

「しかし、エルリック兄弟かー……」

国内を旅する彼らが賢者の石を探していることは以前から聞いていた。コーネロが石を持っている可能性が高い今、彼ら兄弟が教主を放っておく筈がない。おそらく既に、何かしらの行動は取っているだろう。

(ん?)

静かな礼拝堂に響いた大きな音。銃声の後に、金属製の何かが倒れたような音が少女の耳に届いた。
椅子から腰を上げ、彼女は口元に笑みを浮かべる。
そらみろ、思った通りだ。エルリック兄弟は、既に動き出している。









「……わお」

少女は目の前に広がる光景に、ヒュウッと口笛を吹いた。

床に転がる大人が三人。一人はコーネロのような神父風の服装、他の二人は警備員らしき出で立ちである。どの男も気を失っており、神父服の彼は顔面を殴られたらしく何本か歯が折られている。

「噂に違えず……暴れまくってるみたいだね」

倒れた男たちの間を進む少女は、クスクスと笑っている。それはもう楽しそうに。

(それじゃ、あたしも行くとしますか)






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