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第3話


「話は出来ませんか」
「叩き起こせと?」


病棟の一室を貰って尾形さんをそこに移した。
目を離すと彼の仲間たちが次から次へと部屋を訪れてきて尾形さんを起こそうとするので油断が出来ない。私も生身の人間を患者として貰うのは初めてで気になっていたので簡易ベッドを用いてそこで様子を見ることにしたのだが、正解だったかもしれない。
つい先ほど他の人を追い返したにも関わらず今度は別の人がやってきて、尾形さんと話をさせろと言うのだ。
尾形さんは低体温で安静にしていないといけないし、腕は数カ所骨折、顎は割れて外傷は少なくとも中身はボロボロである。骨折による発熱もあるのに、休ませることを許さず無遠慮に訪ねてくる彼等に私は正直イラついていた。


「そもそも起きても顎は固定したんで喋れないよ」
「あ、そうなんですか…なら筆談だけでも…」


彼等の立場なら仲間をこんな姿にした輩に一矢報いたいのだろう、仲間思いなのは良いことだ。だがそのやり方は些か配慮が足りず本末転倒ではなかろうか。


「尾形さんの容態はご存知で?」
「はい、顎と腕が折れ冬の川を流されたと聞いています」


状況はきちんと聞いているらしい。それを確認して私は努めて笑顔を作った。


「その状態をご存知ならば、よくぞ無事だったと激励はしても、休むことを許さず今すぐ話せとはあんまりじゃありませんか?」


言いたいとこに気付いてくれたのかびくりと姿勢を正した男に「仲間思いなのは良いことですけど思いだけで怪我は治りませんわ」と言ってみせればそそくさと男は部屋を出て行った。
仲間も仲間だが、尾形さんも尾形さんだ。彼は昨日一度意識を取り戻した。その際に彼の仲間を呼びつけて様子を伺えば、尾形さんはなにかを伝えてそれきりまた意識を手放してしまったのだ。大和魂なのかなにを伝えたかは知らないがそれから尾形さんの回復をまだかまだかと尋ねる輩が多くなった。
とりあえず、彼が目を覚ましたら滋養のあるものをとらせないといけない…が、何如せん顎を固定しているため口を開くことは出来ない。液体状にしたものを歯の間から流し込んでもらい、固定が緩まるに連れて流動食にするしかない。ので、それの準備に取り掛かる。










その数日後の朝方に尾形さんは漸く目を覚ました。
動こうとする彼の胸元を手で押さえてベッドに寝かす。驚いたように動こうとして、次いで動きが止まったのに気がついて私はああ、と彼を理解した。


「右腕骨折してるから」


包帯でぐるぐると巻いた彼は顎を固定している故に口を開ける事が出来ないため感情を読み取るには目しかない。ベッドに大人しく横たわってくれたのを確認して私もその側に腰掛ける。ギシリと音を立てたベッドに尾形さんが目を細めて私を見上げたので、自分の口元で人差し指を立ててみせた。


「顎も酷かったから固定したよ、取れるまでは食事も味気ないだろうけど我慢してね」


私の言葉にじとりとした視線を向けて来るので、そんな目で見られても食事が取れないのは私のせいじゃないしなと少し困る。


「そんな目で見られても…食事は我慢してよ。これはあなたの為なんだよ、顎はまだ不安定のままだから今固定を取れば噛み合わせが悪くなって咀嚼に障害が出るかもしれない……え、違うの?」


どうやら言いたいことはそれではないらしい。頭ごと首を左右にゆっくりと降る彼に「うーん、なんだろう」と思いながらとりあえず起きたことだし胃に何か入れてもらうかと準備していた液体を器に入れて彼に差し出す。


「とりあえずそれ飲んで。飲み終わったら体の具合診るから」


そう説明をつけてみたが、尾形さんは動かない。右腕は荒れているが左は無事で動かせるはずなのだが、差し出した器をじっと見たまま受け取る様子がない彼に私は首を傾げた。


「熱は落ち着いたと思ったけど、まさかまだしんどい?」


尋ねれば尾形さんはゆっくりと左右に首を振るう。
じゃあ何だろうと思いながら尾形さんを見つめれば、彼は変わらず器を見ていたので器の中身を怪訝に思っているのだと気付く。


「ああ、これ私が煎じた薬。一応滋養を考えてるから身体にはいいよ……って違うの?」


が、これも違ったらしい。困った、わからない。
受け取ってくれる気配のない器を寝台横の棚に置いてうーん、と考えるとふと尾形さんの左腕が動いた。
そして人差し指を立ててそれを私に向ける。


「私……?」


こくり、漸く縦に首を振る彼に合点がいってそういうことかと脱力した。


「あなたの治療を受け持ったんですよ」


すっと細められた目に、あれこれ信じてないな?と私の口元がひきつる。
確かに私は彼があまり外傷が少ないので落胆した。見るからにズタボロだったらいいのにと期待して捜索に参加した。けど期待を裏切られても私はちゃんと彼に向き合っているのだ。だって尾形さんは私が見つけたから。私が最後まで診ると決めたのだ。それには彼にも歩み寄ってもらわないと困る。


「桐原という軍医がいるはずなんだけど…私は桐原の娘で、今回尾形さんを診させてもらってるの」


そう言えば、父に心当たりはあったらしい。ふいっと視線が外れて彼はゆっくりと瞬きをした。その様子を見て私は再度器を彼に差し出す。


「今は明け方でみんな寝てるだろうから証明してくれる人を連れてこれないけど、ここにいる誰よりも私は貴方を助けたいと思ってるよ」


変な自信ではあったけど、自分の担当なのだ。しかも生身の人間。私にとってはそれだけで特別だった。だから同じ部屋にベッドを用意したし、彼がわずかに魘されているような声を上げただけで目がさめるほど神経は張っていたと自負している。
私の言葉に尾形さんは部屋を見渡すように頭を動かした。観察しているらしいその瞳から感情はうまく読み取れなかった。が、しばらくして彼は私の手から器をするりと取り上げたので安堵する。上体を起こすのを手伝って枕を腰当てに位置をずらす。
良かった無理矢理飲ませる事にならなくて。


「口元の包帯とるね」


そう言って口周りの包帯を緩める。目と鼻と口が露出した尾形さんは初めて見た時より顔色も良く腫れもなくなっていた。
クンクンと鼻を鳴らすように器の中身を嗅ぐ尾形さんに、警戒心強い猫のようだと思った。けど、そんなに匂いは強くないはずだ。そうなるように煎じたのだから。


「安心して飲んでよ、効力には自信があるんだ」


そう伝えれば彼はチラリと私を見てゆっくりと器に口をつける。その様子を見ながらニコニコと私はすぐ動ける準備をした。
唇は動こうとも歯が浮かない状態だから、かなり飲みにくいはずだ。口の端から液体が滲み溢れるのを見つつ彼がしっかりと液体を口に含んだのを確認して私はベッドに乗り上がり素早くその口元を手で塞ぐ。


「っ!!?」


やはり、吐き出そうとした尾形さんに先読みできてしてやったりと私は笑う。


「味はクソまずいけどね」


我慢して飲んでね、効果は確かだから。にこにこと笑みを乗せながらついでに鼻も塞げば、この我慢比べは私がずっと優位だった。
こくり、と彼の喉が上下して飲み込んだのを確認する。うんうん、偉い偉い。下から睨み上げてくる尾形さんにの視線に気付きながら私は努めて笑顔を作った。


「噛まれた仕返し」


私は割と根に持つタイプなのだ。