「ブビィ、ひっかくだ!」
「ブー!」
31番道路。キキョウが近いこともあってかトレーナーが増えたように感じる。何故だかわからないけど、勝負を仕掛けられる前にルーが俺の腕を引いてトレーナーから離れようとするからコラッタ使いのたんぱんこぞうと戦った以来トレーナと一戦も交えてなかった。
でも俺も男の子なわけで、やっぱりバトルは楽しいもんだ。野生のポケモンとは戦ってもルーに何も言われなかったから、今は飛び出してきたポッポと戦闘中ってわけ。
「よくやったなブビィっ」
「ブービっ」
ポッポが降参して逃げていったからブビィといつものハイタッチ。見計らってルーがゴースと一緒に駆け寄ってきた。
「楽しそう、だったね」
「まぁな!俺のブビィ強いだろ?」
「うん…かっこよかった」
少しは心を開いてくれたのか、ルーが少しだけ笑ってくれるようになった。ポケモンの頭を撫でるのが好きなのか、ブビィを撫で撫でしては嬉しそうにしている。
「もうすぐキキョウだ!ついたらポケセンに行って、部屋をとらないとな」
「ポケセン…?」
「ポケモンセンター。傷ついたこいつらを休ませてくれる、病院みたいなもんだよ。あと俺たちみたいな旅してるトレーナーを泊めてくれるんだ」
俺の話を聞きながらガイドブックのポケモンセンターのページを開いてうんうん頷いているルーに、本当に何も知らないんだなぁって確信した。
夕方特有の冷たい、夜を知らせる風が吹いた。
「行こう、ルー。腹も減っただろ?」
「空いた…ぺこぺこ」
ルーは本を脇に抱えて力強く頷く。なんだか小動物みたいに見えて笑うと、首を傾げられた。
「なんでもないぜ」
「リオは、いつも楽しそう」
「まぁな!旅ってそういうもんだろ?せっかくなんだ、楽しまなきゃな!」
そう、こういうときくらい、な。
心のもやっとした部分を見ないフリして、俺は歩き出す。明日はやらなきゃいけないことがあるんだ、早めに休まないと。



キキョウシティはワカバともヨシノとも違った空気だった。古風っていうか、歴史を感じるような町並みで。ポケモンセンターへ向かえば、近くに高い塔が見えた。
「たっけぇー…」
思わず見上げると、後ろを歩いていたルーが小さく呟いた。
「…マダツボミの、塔」
「え?あぁ、ガイドブックに書いてあった?」
「…」
ギュッと抱えていた本を抱きしめる。何故かゴースが怯えるようにルーの背中に隠れた。
「…?」
「ブー」
「あ、また勝手に…!」
戦いで疲れていたのか、ブビィが勝手にポケセンの中に入っていった。慌てて追いかければ、ルーたちもゆっくり着いてくるのがわかった。
「大丈夫、大丈夫」
「ゴー…」
センターの中には数人のトレーナーたちがいて、入ってきた俺たちを一瞬見たがすぐ興味がなさそうに視線を逸らした。
カウンターに行って、ジョーイさんに話しかける。
「部屋、まだ空いてますか?」
「こんばんは、空いてますよ。何名さまですか?」
「二名で、あ、あとポケモン二匹」
にっこり笑ってジョーイさんは部屋のキーをくれた。振り向けばルーが通路の先を見て何やら呟いている。
「ルー?あ、あいつ」
視線の先を見れば、昼間戦ったコラッタ使いのたんぱんこぞう。どこか暗い顔をして歩いてきた。
「よっどうしたんだ?」
「お前、昼間の…」
思わず駆け寄って話しかければ、暗い表情はそのままに驚いていた。
「ちょっと、無茶させちまったみたいで…コラッタ、今集中治療室にいるんだ」
「え…大丈夫なのかよ?」
「ジョーイさんは一晩休ませれば大丈夫だって…」
大事なポケモンがちょっとした重症、そりゃへこむよな…。肩を叩きながら色々は励ましてやれば少しずつ笑顔になっていったたんぱんこぞうにホッとする。家がキキョウにあるらしく、結局自分の家に帰っていった。その後姿を見送って、ずっと何も言わず様子を見ていたルーのほうに戻る。
「待たせてごめんな、ルー」
「…別に」
なんだかちょっとご機嫌斜めのようだ。疲れてるのに待たせたからな、仕方ないか。
ジョーイさんから渡されたキーの部屋に行けば、十分くつろげる広さだった。窓からはちょっとした風情ある池が見え、ルーは興味を持ったのかすぐに窓に張り付くようにして外を眺め始めた。
取り合えず荷物を置いて一息ついていれば、早くもブビィが布団に潜り込んでいた。
「ルー、お茶飲むか?」
「飲む」
ルーが返事をすると、紙コップを取りに来たのはゴースだった。どうやらルーは窓から離れる気がないらしい。ゴースにお茶が入った紙コップをそっと渡せば、ゆっくりルーのほうに運んでいく。
「明日なんだけど、俺ちょっと用事があるから別行動でいいか?」
「ん…大丈夫」
「キキョウから出なかったら好きに見て回っていいからな」
ソファに座って鞄の中身を整理する。一通り終わると、いつの間にかルーが隣に座ってガイドブックを開いていた。キキョウのページを真剣に眺めている。
「キキョウで見てみたいところはないのか?」
「…特に、ない」
「ほら、さっきみた大きな塔。あそこなんか…」
「行かない」
何故か即答されてしまった。ルーは時々何を考えてるかわからないけど、即答するときははっきり、嫌だって伝わってくる。
その後もご飯を食べながら色々見てみたけど結局行きたいところはないみたいで、ルーは疲れたのかさっさとベッドに寝転がった。俺も隣のブビィが先に寝てるほうのベッドに潜り込む。やっぱり温かいなぁ。
「リオ…」
「ん?」
「……おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
ルーが俺の名前を呼ぶ声に、ちょっとした違和感みたいなものを覚えたけどすぐに俺は寝付いてしまったのだった。



朝、目を覚ませば思ったより早い時間だった。窓の外を見れば、今日も晴天みたいだ。
体を起こしてぐん、と背伸びをする。隣のベッドのルーはまだぐっすり寝ているようだ。
よだれを垂らして寝こけているブビィの体をそっと揺らす。
「ブビィ」
「ブゥ…?」
細いままの目を擦りながら起きるブビィに、人差し指を口元に当て笑う。
「しー、静かにな。外行くぜ」
「ブゥ」
着替えてリュックを背負ってから朝食に、と昨日準備しておいたサンドイッチを冷蔵庫から出して自分の分を銜える。ルーの分はわかりやすいよう書置きと一緒に机の上においておく。
音を立てないよう廊下に出れば、朝早いからまったく人気がなかった。こういう静かな空気も俺は好きだな、とか考えながらリュックから一枚の写真を取り出す。
俺の家の前、嬉しそうに微笑んでる母さんと…タマゴを両手で抱えて楽しそうに笑っている、父さん。
写真を少し見てから、それをポケットに突っ込む。
「よっし。行くぜブビィ」
「ブビィ!」
俺とブビィはポケモンセンターから駆け出した。





「助けて、あげなきゃ…。行こう、ゴース」





キキョウから少し南に下った32番道路。俺はそこまで来ていた。道行くトレーナー、住んでる人、誰に聞いても有益な情報はなかった。夢中になっているうちに少し町から離れてしまった。
「そろそろ戻るか…。ここじゃ何もわからないみたいだしな」
「ブービ…」
「ごめんなブビィ、たくさん歩いて疲れただろ?」
抱っこでもしてやろうとかがんで両手を広げれば、余計なお世話だ!と腕を払われてしまった。ぷりぷりしながら歩き始めるブビィについていこうと立ち上がった。

「なんでこんなときにぃぃ…!」

後ろから声がして振り向けば、ポケモンを腕に抱いて走ってくる女の子の姿があった。抱かれているポケモン…あれはメリープ、か?メリープはどこか苦しそうに見えた。ブビィも立ち止まり走ってくる女の子を凝視している。女の子といっても、俺より少し年上みたいだ。
「どうかしたのか?」
通り過ぎようとする女の子に声をかければ、凄い速さで走っていたはずなのに俺たちを少し過ぎたところでピタッと止まり今度はこっちに走ってきた。
「ねぇねぇあなた、どくけしか何か持ってない!?」
「あ、モモンならあるけど」
「良かったらそれ、この子にくれない!?アーボの毒にやられちゃって…!」
メリープはどうやら毒に苦しんでいたみたいだ。困ってる人がいたらてだすけ!俺はリュックから一つモモンのみを取り出すと差し出した。女の子の焦って今にも泣き出しそうだった顔は笑顔でいっぱいになる。
「ありがとうありがとう本当にありがとうっ!」
女の子が涙声できのみを受け取ろうとした、その瞬間、女の子の腰についていたボールから勝手に何かが飛び出してきた。
「ゴンッ!」
「あぁっこらゴンベッ!!」
飛び出してきたのはゴンベで、俺が差し出していたきのみをキャッチして地面に着地すると同時に一口で食べてしまった。
「あ、あんたねぇッあんたが食べてどうすんのよ!満足そうな顔してるんじゃないわよ!」
「えぇと…まだあるからさ」
もう一つ差し出すと今度はゴンベにとられる前にすかさず受け取り、弱っているメリープに食べさせ始めた。
「大丈夫そうか?」
「うん、あなたのおかげ、助かっちゃった。ごめんね二つも…あんたは戻ってなさい」
ゴンベをボールに戻すと近くの芝生の上に座ってメリープを膝の上で休ませ始めた女の子に、俺も隣に座った。ブビィも空気を読んだのか俺の膝にのってきた。
「キキョウのジムに挑戦するのに、最終チェックしたくてここでバトルしてたの。あ、私はルエノ!」
「俺はリオ、よろしくな!ジム巡りしてるのか?」
軽く握手を交わした俺たちは前に広がる湖を見渡した。釣り人がたくさん釣りをしているのが見える。どうやら有名な場所のようだ。
「そうなの、まだ旅を始めたばかりなんだけどね…だめねぇ、ちゃんと道具準備しないと。…あなたのブビィ、すごくあなたに懐いてるみたいね」
俺の膝の上で容赦なく俺にもたれかかって空を見上げているブビィにルエノは笑いながらそう言った
「あぁ!俺の大事な相棒なんだ、こいつしか手持ちはいないし」
「そうなの?私もこの子が大事なパートナーなんだぁ…大丈夫そうでホッとした。あとはポケモンセンターまで連れて行ってあげなきゃ」
「俺、今からキキョウまで戻るんだ。ここで会ったのも何かの縁、一緒に戻ろうぜ!」
ブビィを膝から降ろし立ち上がってルエノを見れば嬉しそうに笑って頷いていた。
「うん!あなたと一緒なら無事に戻れそうだし、安心ね」
小さく鳴き声をあげたメリープをぎゅっと抱きしめてルエノも立ち上がった。
俺たちは他愛もない話をしながら、32番道路を北に歩いてキキョウを目指した。


ポケモンセンターに戻ってきた頃にはお昼も過ぎて、キキョウシティは昼間の賑やかさで溢れていた。
「あれ?なんか騒がしくない?」
センターに入った俺たちは、カウンターそばに人が集まっているのに気付く。近くにいってみれば、カウンター越しのジョーイさんにたんぱんこぞうが何かを訴えていた。
「何かあったのか?」
「!聞いてくれよ!俺のコラッタがいなくなっちまったんだ!!」
「え、ポケモン泥棒?」
ルエノの言葉に周りが凍りつく。そして一層、ざわざわと騒がしくなっていった。ジョーイさんも困った顔をしている。
「ジョーイさん、メリープお願いしてもいいですか?」
「あ、はい…」
ルエノがボールにメリープを戻してジョーイさんに預ける。それを見ていたたんぱんこぞうが何故かルエノを睨んだ。
「俺のコラッタがいなくなったってのに、何ポケモン預けてんだよ!」
「私には関係ないもの。あんたこそさっさと探しに行きなさいよ、あんたのポケモンでしょ?」
さっきまで俺と話していたにこやかな表情はどこへやら、ルエノは冷め切った顔でたんぱんこぞうを睨み返していた。思わずたじろいだ俺は、ふとルーのことを思い出して周りを見渡した。どうやらこの騒動の中にはいないみたいだ。まだどこかを見て回っているんだろうか、それとも部屋にいるんだろうか。
言い合いをしている二人を横目にその場を離れて部屋に向かう。
「ルー、いるか?」
部屋に入ってみたが、ルーの姿はなかった。もちろんゴースもだ。机においたサンドイッチがなくなっているから、食べた後どこかに出かけたんだろう。
「探さないとな」
「ブービ」
ブビィと二人でさっきの騒動の中に戻る。まだルエノとたんぱんこぞうは言い合いしてるみたいだ。
「まさか、お前が俺のコラッタを盗んだんじゃないだろうな!」
「なんで私が。あんたこそ、コラッタに逃げられるようなことしてたんじゃないの?」
そうルエノが鼻で笑った瞬間だった、たんぱんこぞうはルエノを突き飛ばして外に出て行った。尻餅をついたルエノはその後姿に何かを呟いたように見えた。
「大丈夫か?ルエノ」
手を差し出せば握り返して立ち上がるルエノ。さっきまでの怖い表情が嘘のような笑顔だ。
「全然大丈夫。にしても、どうしていなくなったのかしらね」
「あ、あの…」
おずおずとジョーイさんが声を出した。ルエノとたんぱんこぞうが口喧嘩をしていたからか、集まっていた人たちはがらっといなくなっていた。俺とルエノはジョーイさんとカウンター越しに向き合う。
「私、お昼前に、ゴースを見たんです」
「ゴース?お昼に出てくるなんて珍しいわね、しかもセンターになんて」
「普通のゴースより、少し小さいゴースだったんですけど…野生ではないように見えたんです」
嫌な予感がした。背中を冷たい汗が伝う。
「もしかして、そのゴースが犯人?」
「かもしれません…コラッタを最後に診察したのは、そのゴースを見た直前だったので」
「ルエノ!俺ちょっとここで失礼するぜ!」
思わずそう言えば俺は外に飛び出していた。ブビィも話の内容を理解しているのかどこか焦った表情だ。センターの前で一度立ち止まり周りを見渡すが、ルーらしき人影もゴースも見当たらない。
「ちょっと、リオ?どうしたのよ」
センターのドアが開いてルエノが俺を追いかけてきた。
「連れを探さないといけないんだ、俺より少し小さい女の子なんだけど」
「折角コラッタ誘拐の犯人がわかりそうなのに?」
「……ひょっとすると、その子かもしれない。小さいゴース連れてるんだ」
一瞬驚いた顔をしたルエノだったけど、真剣な顔で俺の近くまで来た。
「なら、事を大きくしないほうがいいわね。私も探す!」
「頼むよ。でも…どうやって探したら…」
もしかしたら町から出ている可能性だってある。ルーは戦闘を好まないし、野性のポケモンに襲われて倒れているかもしれない。それに本当にコラッタを連れているなら、時間をかけられる状況じゃない。俺が頭を抱えて悩んでいると、急にリュックが重みを増した。背中を見ればブビィがリュックにしがみついていた。
「ど、どうしたんだ?」
リュックを地面に下ろしてやれば、勝手にチャックを開けて中を漁り始めた。そして取り出したのは、モモンのみだった。
「モモン?」
「…あ!そうか、ルーからはモモンの匂いがするんだ!」
あれだけ大量のモモンの木に囲まれて暮らしていたルーからは、いつも甘いモモンの匂いがしていた。そして、その匂いに反応しそうなのが一匹…
「ルエノ、ゴンベ貸してくれ!」
「ん、いいよ」
ルエノがボールを投げてゴンベを出す。
「ゴンーっ」
すると、ブビィが持っていたモモンのほうに勢い良く突っ込んできた。これは期待できそうだ!
ブビィはその突進を軽々避けると、ゴンベに向き直りブビブビ話し始めた。これはきっと説得しているんだろう…と思いたい。
「うちのゴンベで大丈夫かなぁ」
「あの食い気を見せられてるからな、期待するぜ?」
説明が終わったんだろう、ゴンベがブビィの持っているモモンの匂いが覚えるように嗅ぎ始めた。そして少し離れたところまで行くと、今度は思いっきり息を吸う。
「ゴンベー、どうー?」
ルエノが声をかけると、ゴンベがどこかを指差しながらぴょんぴょん跳ね始めた。どうやら匂いがするみたいだ。
「よし、行こうリオ!」
「おう!」




キキョウシティのすぐそばの森の中。そこにルーはいた。傍らにゴース、両腕にはコラッタを抱きしめて大木の根っこに座って俯いていた。
「ルー!」
「…!」
声をかけて駆け寄れば肩をびくつかせて俺を見上げた。後から来たルエノを見てさらに怯えるように大木に身を寄せる。
「コラッタ…本当に、この子が…?」
「ルー、どうして、こんなことしたんだ…?」
ブビィも問いただすようゴースに詰め寄っていた。ゴースはどこか悲しそうな顔をしている。
「コラッタを、トレーナーに返してやろう?な?」
ぶんぶんと首を横に振られる。ルーに抱かれてるコラッタを見てみると、何故かルーを慰めるように身を寄せて手で頬を撫でていた。
「こいつだって、きっとあいつのところに戻りたがって…」
「違うッ!」
突然ルーが大声を出したもんだから驚いた。初めて会ったときもこんな感じだったなぁ。でも、こんなにルーの声が震えてはいなかった。
「…助けて、って」
さっきとは裏腹に小さく呟かれた言葉は、思いもしなかった言葉だった。
「助けてって、言ってたの…この子が、言ってたの…!」
顔を上げたルーの頬には涙が伝っていて、冗談なんかじゃないってすぐにわかった。後ろに立っていたルエノが息を呑むのがわかるくらい、俺は冷静だった。
「…コラッタが?」
「うん…うん…っ」
肩を震わせるルーに、コラッタはキュゥと切なそうな鳴き声をあげてもっと体を押し付けている。
「リオと…戦ってたとき…凄く必死で…見てて辛くって…」
「うん…」
「負けちゃったときに…っ…また、怒られるって…怯えてた…!」
ふと思い出す。バトルした後にたんぱんこぞうの後姿を眺めるルーの姿。そしてポケセンで再会したときにルーが少し怒っていたこと。寝る前に俺の名前を呼んだこと。
全部、俺に伝えようとしていたんだ。
「ブビィと、全然違ったんだよ…この子は苦しんで、たんだよ…!」
コラッタを抱きしめる腕も震えていて、ルーが必死にこのコラッタを助けてあげようとしたことが伝わってきた。
「あなた…」
ルエノがそっとルーの腕に触れた。
「わかるの?ポケモンの気持ち」
「!」
ひゅっとルーが息を吸う。聞かないでおこうって俺は思っていたけど、ルエノが聞いた、ルーの隠していたこと。ルーは怯えている、きっとバレたくなかったんだ。そこにどんな理由があるのかはわからないけど、ルエノを見上げたまま動かないのはきっと、ルエノの言葉が怖くて動けないからなんだ。
「…優しいのね」
凄い、優しい笑顔だった。俺と少ししか違わないはずなのに、なんだか遠い存在みたいな、全て包んで許してくれるみたいな、そんな表情でルエノは笑った。
ルーの腕から力が抜けた。
「でも、だからって無理やり引き離しちゃ駄目。トレーナーとポケモン、最初から分かり合えるはずなんてないんだもの。辛いこと、苦しいこと、そういうものを乗り越えて私たちはパートナーになるのよ」
「で、もっ…」
ルエノの言葉に声を詰まらせたルーは、抱えたままのコラッタの頭を撫でる。もしかしたらよくルーがポケモンの頭を撫でているのは、意思疎通を図るためかもしれない。
「離れちゃったら、分かり合う機会もなくなっちゃうわ」
ルエノがそう言った途端、突然ルーの腕の中で大人しくしていたコラッタが抜け出し少し離れてルーに向き直った。その目は、どこか覚悟を決めたみたいに輝いていて。
「…あのガキに、ちゃんと話そう。ちゃんとしたパートナーになってもらうためにさ」
ルエノは立ち上がればルーに手を差し出す。少し戸惑ったルーだったけど、そっとその手に自分の手を重ねた。
「…ブビィ、今回は俺たちの出番はなかったな」
「ブービィー」
「あなた名前は?私ルエノ」
「マ……マルルーモ…」
「私もルーって呼ぶわね!あ、私のことはルエノでいいわよ?はい、これで友達ね!」
「と、友達…?」
ルエノがルーの手を引いて歩き出す。俺たちはその後ろを着いていった。きっと初めてだろう女友達に戸惑うルーの背中は、どこか嬉しそうに見えた。
キキョウシティに戻れば、ポケモンセンターの周りをたんぱんこぞうが歩き回っているのが見えた。どうやらあいつはあいつなりに探していたみたいだ。ルエノは駆け寄ると、手招きをして俺たちのほうに連れてきた。
「この子、あんたのコラッタでしょ?」
「…!コラッタ!よかったぁ…!」
たんぱんこぞうは地面に膝をついて両腕を広げる、コラッタを抱きしめるために。でも肝心のコラッタは、ルーの足元から動こうとしなかった。
「ど、どうしたんだよ、コラッタ」
「…あなた、この子を、ぶったでしょう…?」
ルーがはっきりとした口調で、たんぱんこぞうにそう言った。言われたそいつは目を丸くして、ルーを見上げる。
「あなたが理不尽に、この子を責めるから、怖がってる」
「で…でも…昨日までは普通に、仲良く…」
「我慢してたの!あなたと一緒にいたいから、ずっと我慢してたの!」
ルーが怒鳴るようにコラッタの本心を告げれば、たんぱんこぞうは立ち上がりコラッタを見下ろした。その目はなんだか、見ていて苦しくなるような目だった。
「お、俺…そんな、つもりは…」
「小さいポケモンはね、あんたみたいな小さいガキでも恐怖の対象として見れちゃうのよ。ぶたれたら尚更だわ。怒鳴って、叩いて言うこと聞くのは、理解したからじゃない、怖いからなのよ」
ルエノが腕を組んで、またあの冷たい目をしていた。もしかしたらルエノは最初から感じ取っていたのかもしれない。
ぽたり、と、地面に雫が落ちた。それはたんぱんこぞうが流した涙で、ぎゅっと握られた拳が震えていた。
「っ…バトルで、勝ちたかった、んだ…!俺を弱いって…馬鹿にしたやつらを…見返したくて…!」
「バトルで勝てないのは、コラッタのせいだって当たっちゃったって?本当に理不尽よね」
「ル、ルエノ…はっきり言うんだな」
「自分がしなきゃいけないこと、わかってるんでしょうね?」
ルエノが責めるようにそう言い放てば、たんぱんこぞうはまた地面に膝をついて真っ直ぐコラッタを見つめた。
「ごめ…ごめんな…!俺、もう…お前に酷いこと、しないから…!俺も強く、なるから…!」
それまでただ成り行きを見守っていたコラッタが、ゆっくりたんぱんこぞうに近付いて、そっと膝に小さな手を置いた。そして泣きじゃくる自分のトレーナーに、いいよって声をかけるように、小さく鳴いた。
小さな体を抱き上げて優しく抱きしめるたんぱんこぞうに、俺たちは表情を緩めてその光景を見守っていた。





「良かったらジムバトル見ててよ!」
そう言ったルエノは自分のパートナーを迎えにポケモンセンターに向かった。
俺とルーはジムの前で彼女の戻りを待っていた。
「ルー、今度から何かあったときは俺に一言言えよ?」
「…うん」
「突拍子もないことしやがってー…俺がどれだけ心配したと思ってんだよ」
「……気持ち悪くない?」
ずっと俯いているから何かを気にしてるんじゃないかと思ったけど、やっぱりそうだった。ルーは自分の隠していたことに対して俺がどう思ったのか、気になっていたみたいだ。
「全然。普通に凄いなーって思う。あと、苦労しそう、とか」
「え…?」
「他人と違う何かを持ってるだけで、人間って苦労するからな。そこは理解あるつもり」
頭の後ろで腕を組んで空を見上げてそう言えば、隣のルーの肩が震えたのが見えた。泣かせちゃったか!?とびっくりしてルーを見れば、肩を揺らして笑っていた。…何故?
「…ありがとう」
「ん?おう」
「おっまたせー!!」
ルエノが元気になったメリープと一緒に走ってきた。二人ともやる気マンマンなのが一目でわかった。俺たちはジムの前に立ち、建物を見上げる。
「それじゃ、行くわよ!」
ジムに入ればジムトレーナーがルエノを待ち構えていた。そいつらを倒さないとジムリーダーには会えないらしい。
さすがにジム巡りの旅をしているだけあって、ルエノは強かった。次々とトレーナーたちを倒していき、あっという間にリーダーを目の前にしていた。
「ようこそ、キキョウジムへ!僕はハヤト、早速だけど君の腕前試させてもらうよ!」
「望むところよ!あんたなんかちょちょいのちょいってやっつけてさっさとジムバッヂ頂くんだから!」
二人のバトルが始まり、俺とルーは観覧席で見守る。
ポッポとメリープが活き活きとバトルを繰り広げるのに見入っていると、ふと服の裾を引っ張られた。
「どうした?」
「…楽しそう」
「あぁ、そうだな…ルエノも、ハヤトさんも」
「違う…メリープと、ポッポ」
「え?」
ルーのほうを見ればルーはバトルフィールドを見ていた。その口元は確かに、笑っている。
「とっても、楽しそう…。トレーナーを勝たせてあげたい…喜んで、もらいたい…って」
「…そっか」
「これが…『バトル』なんだね…」
ルーの隣にいるゴースも楽しそうに応援しているようで、こうやってルーたちの世界観が広がっていくなら少しの問題も許してやれるなって、そう思った。
結局試合はルエノが勝って、嬉しそうにバッヂを持って戻ってきた。
抱き合って喜んでいたルエノとメリープは、理想のパートナーって言うに相応しい姿だって、俺は思ったんだ。俺とブビィもそういう風に、誰かに見てもらえる日がくるといいな!



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