眩しいくらいに太陽が輝いているのに、感じる風は冷たかった。それは俺たちが感じている緊張感からか、それとも目の前に佇むポケモンのせいか。
俺とルーとは反対のほうにいるアグアも、突然現れた伝説級のポケモンに警戒して動けずにいるみたいだ。
スイクンはそんなアグアには目もくれず、俺とルーのほうを見据えて一歩踏み出した。
「…ルー…?」
俺の背中に隠れるようにくっついてきたルー。背中に触れている手は、恐怖からか震えているのがわかった。
ゆっくり、一歩一歩近付いてくるスイクン。その瞳は確かに俺に向けられているんだけど、何故だろう、俺ではなく後ろのルーを見ているような気がした。
パシャっと打ち寄せる波に前足をつけたスイクンは、何かを確認するかのように一鳴きする。それに反応したのか、背中のルーの手がぴくりと動いた。
「っ…わかって、る…けど…私は…!」
「ルー、スイクンはなんて…わあっ!?」
ルーが何かを呟いた途端、スイクンのほうから強い風が吹いて思わず驚いてしまう。
「グルルゥ…ッ」
低く唸ったスイクンの目は今度こそしっかりと俺を捉えていて、そして何故か強い怒りのようなものが見えた。それを理解した瞬間、ふわりと飛び上がったスイクンが俺に向かって大きな水の塊を放つ。
「な、何なんだよっ!」
咄嗟にルーは守ろうと、スイクンに背中を向けてルーを腕の中に引き込んだ。大きな音が真後ろから響いて、衝撃がルーの髪を揺らすのが見える。自分の体がどこも痛くないのが不思議でそっと振り返れば、俺とスイクンの間には真っ赤なポケモンの姿があった。
「ヘイガニ…!」
「馬鹿者!早くこっちに来ないか!!」
指示を出したであろうアグアが砂浜から叫んだ。勿論俺たちに向けられたものだとわかって、俺はルーの手を引いてスイクンから距離をとり砂浜に駆け戻った。
「ヘイガニ、バブルこうせん!」
その間にヘイガニがスイクンに向かって技を放つ。それを軽い身のこなしで避けていくスイクンはアグアの計算だろうか、俺たちとの距離をあけるようだった。
「ありがとな、アグア!」
「これまでも、マルルーモがポケモンに狙われたことはあるのか?」
スイクンを睨んだままのアグアにそう聞かれこれまでを思い出す。深く考えるでもなく鮮明に思い出して頷いた。
「あぁ…父さんたちだけじゃない。なんでかはわからないけど、ルーはポケモンたちにも狙われてる」
「な、なんなのよ…何が起こってるのよ…!」
少し離れたところにいたカノンの声に、俺はルーの手を引いてそっちまで駆け寄った。
「巻き込んでごめんな。少し、ルーを見ていてくれないか?」
「リオ…っ」
「行くぜ、ゴース!」
まだ震えていたルーの手をカノンに預け、俺は頭上にいたゴースとアグアの隣に駆け戻る。少し距離はあいたけど、スイクンの威圧感を全身に感じて拳に力が入った。
「どうやら、スイクンは僕たちに怒りを向けているようだな。特にリオ、お前にな」
「初めて会ったんだけどなぁ…」
スイクンがまた水の塊を、今度はいくつも生み出して俺たちに向けて放つ。それをヘイガニとゴースの技をぶつけて相殺させていくが、凄い衝撃に二匹がかりでぎりぎりだった。
技がぶつかり合った衝撃で生まれた水蒸気の中から風が起こり、水蒸気を吹き飛ばすと同時にスイクンが飛び出してきた。ヘイガニがその突進をハサミで受け止めるが力負けし軽く吹き飛ばされる。そこにゴースが頭上からシャドーボールをスイクンに向けて降らせるが、しなやかな尻尾がまるで鞭のようにしなりまるでボール遊びでもするようにシャドーボールをかき消してしまった。
「やはり…一筋縄ではいかないようだな」
いつも余裕たっぷりに見えるアグアも、さすがにいつものポーカーフェイスを崩していた。吹き飛ばされたヘイガニは態勢を整え、ハサミを鳴らしてスイクンを睨む。ゴースも警戒しつつやっぱりルーが気になるのか横目でルーの様子を確認しているみたいだ。
「…力があるから…特別、だから…いつもこんな目に、あってるの…?」
カノンとルーが何かを話しているみたいだった。でも俺とアグアはヘイガニとゴースに指示を出すのに必死で、内容までは聞こえてこなかった。
「そう…だから、カノンのことも、心配、したよ」
「嘘だって、思わなかったの?」
俺たちが起こす衝撃で風が吹き荒れ、ルーとカノンの髪や服も揺れる。
「…一緒の人、いればいいなって思った…そんなこと、あるわけ、ないのに…」
「ゴース、ふいうちだ!」
スイクンが頭上のゴース目掛けて牙を向けて飛び上がってきたところに、ゴースが腹の下に潜り込む。そしてがら空きになっている腹に向けて、口から大きなシャドーボールを吐き出した。もろにそれをくらってふらついたスイクンは空中で一回転し綺麗に地面に着地し首を横に小さく振れば、すぐに口から冷たい空気を纏った虹色のこうせんを放った。
「ヘイガニ、まもる!」
ゴースの前に飛び上がったヘイガニは六角形の透明な壁をいくつも作り出し自分とゴースの身をスイクンの技から守る。そして落ちる勢いのままスイクンに突進し、ハサミで攻撃を繰り出した。
「よっしゃ!」
「まだだ」
うまく決まった連携に思わずガッツポーズをとったけど、アグアの冷静な声にスイクンを見る。少しも弱った気配がなく、むしろ怒りが増しているように見えた。
「スイクン、どうして怒ってるんだ…?」
「マルルーモの力で聞けないのか」
「あんなに怯えてんのに、力を使えなんて言えないだろ!」
ルーのほうに視線を向ければ、俯いたままカノンの手をしっかりと握っているのが見えた。カノンはそんなルーに戸惑うように視線をきょろきょろさせている。
「スイクンお願いだ!攻撃をやめて、教えてくれよ!!」
スイクンさえ俺たちに敵意を向けず、大人しく意志疎通を図るチャンスをくれたらバトルしなくてもいいんだ。なんとかわかってほしくて大声出してみたけど、鼻で笑うように息をついたスイクンは自分を中心に大きな風を起こし始めた。砂が舞い上がって視界が悪くなり、スイクンから目を離さず睨んでいたヘイガニも頭上にいたゴースもスイクンを見失ってしまう。
なんとか目を凝らして見つけようと目を細めた瞬間、砂嵐の中から水の塊がいくつも飛び出してきてそのうちのいくつかがヘイガニとゴースに直撃する。なんとか踏ん張ったヘイガニだったが、ゴースはうまく受け止めきれずに砂浜へと叩きつけられた。
「ゴースッ!」
「待て、リオ!」
俺はアグアの制止も聞かずにゴースの方に走り出した。すると、まるで俺が一人になる時を狙っていたかのように砂嵐が止んでスイクンが俺に向かって突進してきた。
「う、わっ!?」
全身が何かに押されるように圧迫され、後ろに倒れこむ。咄嗟に腕を後ろについて起き上がろうとすれば、気付いた時には目の前にスイクンがいた。怒りの色を消していないその瞳で見下ろされ、俺は身動きをとれなくなってしまった。
「リオッ…!」
「ちょっ、あ、危ないってば…!」
俺の名前を叫んだルーが走り出そうとしたみたいだけど、カノンがそれを必死に引き止めようとしている。
「俺たちと話をする気になった…わけじゃ、ないみたいだな」
そう自分に言い聞かせるように呟けば、覚悟はいいかと問うようにスイクンが低く唸った。










「ほんと、楽しそうねー…」
心地よい潮風のおかげてジッとしていても何も遮るものがない太陽の光が気にならない。しゃがんだまま頬杖をついて、目の前で楽しそうに砂いじりしているモココとブーバーを見ていた。
「モコー」
「私はいいわよ、あと少しだけだからね」
モココが私にもこっちに来て一緒にやれと手を振ってきたけどお断りしておいた。別に私はやりたいわけじゃない。ただ、楽しそうにしているこの子たちを見ているだけでなんだかほっとするのだ。
灯台で襲ってきた、リオのお父さんの仲間だというラノという女。堂々とルーをさらいに来たところを見ると、今後もあぁいうことが何度も起こりうるのだろう。バトルになったとき、一番頑張るのはこの子たちポケモンだ。平和で楽しいことをしているうちは、楽しませてあげたいと思うのよね。
「…なんて、リオみたいな考え方ね」
すっかり毒されている証拠だろう。ジムだけを巡るはずだった私の旅は、あの子に出会ってすっかり様変わりしてしまった。守るものも増えてしまった。大変なことも多いのにそれが重荷と感じないのは、私の心がいい方向に変わったということなんだろうか。
「…今なら…話せるかな…」
ずっと心の奥に引っかかっているもの。私の中の引け目。あの日リオに話そうと決めたこと。
綺麗な青空を見上げれば気持ちよさそうに鳥ポケモンが飛んでいるのが見えて、私もあんな風に自由に飛びたいなー、なんて思ってしまった。
「シジマさんに連絡を!」
「船を出して、アサギのミカンさんにも!」
ぼんやりしていたら突然、何か大人たちが騒いでいるのが聞こえてきた。離れたところにジムのマークがついた建物が見え、そのジムの前に四、五人の大人たちが集まっている。ブーバーとモココは遊びに夢中だし、私はそっと立ち上がって大人たちの会話を盗み聞きしにいった。
「例の不審者か?」
「まだ確信はないけど、Rのマークが見えた…もしかすると」
「白衣の女が町外れに向かったぞ」
Rのマーク、白衣、それらの単語にぞわりと鳥肌がたった。町外れと男が指したのはリオたちが向かったカノンがいるはずという浜辺のほうだ。嫌な予感しかしなくて、私はモココとブーバーのところに駆け戻った。勢い余ってモココが作っていた水路のようなところを踏んでしまって、モココが凄い顔で見上げてきたけどそれどころじゃない。
「リオたちが危ないかもしれないわよ」
その言葉と私の真剣な顔に察したのか、やっていた作業もどこへやら勇ましく立ち上がった二人は私が走り出せばしっかりと後ろをついてくる。
その場に作りかけの砂の山とブーバーの足跡、モココのお尻の跡を残して私たちはリオたちのところに急いで向かった。







さらさらな砂を目の前のスイクンの気迫に押しつぶされないよう握りしめ、自分をしっかり保とうとした。スイクンがやる気なら今すぐにも俺は大怪我も負えるし、下手をすれば命も落とすだろう。俺から離れない夕日のような目の視線に負けないよう、俺も視線をそらさなかった。
俺がほぼスイクンの真下にいるからかアグアも下手に動けず、ヘイガニとこちらを睨むように見ているだけだ。
「リオっ!」
「あ、ばかっ!」
カノンと押し問答を繰り広げていたルーがカノンの手をすり抜け、こっちに走ってきてしまった。
「アグア!」
「わかっているっ」
ルーを止めてほしくて咄嗟にアグアの名前を言えば、すでにアグアは走り出していて。片腕で動きを止められたルーは不満そうにアグアのことを見上げた。
「お願い、離して…!」
「危険だ、状況がわからないのかっ」
アグアに腕を掴まれたまま俺とスイクンのほうを見たルー。それに気付いたのか、スイクンが俺から視線を外してルーのほうを向いた。
「大丈夫なの、私は、大丈夫だからっ…」
「何故そう言いきれる、スイクンはなんと言っているんだ!」
少し声を荒げてしまったアグアは少しだけばつの悪そうな顔をした。しかしルーは気にしていないようで少し落ち着いたのか、今にも走り出しそうだった足から軽く力を抜いてしっかりとスイクンを見た。
「この子、は…迎えにきた、だけだから…」
小さな声で呟いた言葉は、何故かしっかりと俺の耳にも届いた。
「迎え、だと?」
「だから…私は、危なくないよ…話をさせて」
そっとアグアの手を掴み下ろさせ、ルーはゆっくりとスイクンと俺の方に足を踏み出した。どこか緊張しているのか、ぎゅっと手を胸の前で握ったままで。そんなルーをただ見つめているだけのスイクンは、やはりルーに危害を与えるつもりはないんだろう、どこか優しい目つきをしていた。
ルーがあと数歩というところまで来たとき、スイクンが俺から退いてゆっくりルーに歩み寄る。俺はゆっくり立ち上がって、戸惑うように辺りを浮遊していたゴースに手招きをした。
「あなたたちの声…聞こえていたの。それでも、私は…」
優しく伸ばされた手は、軽く頭を下げたスイクンの頬に触れた。その手を待っていたようにスイクンが目を細め、口を開いた時。微かな耳鳴りがしたと思ったら、聞き慣れない声が頭に響いた。

― それがあなたの願いであったとしても、時は流れるもの ―

それがスイクンの声であるとすぐにわかった。アグアやカノンにも届いているのか、驚いたようにスイクンとルーを見ていた。

― 今後あなたを守るのは、私たちだ ―
「違う。私はもう…ただ守られるだけは、嫌だよ…」
― 人間は当てにならない 信用も出来ない ―
「聞き捨てならないな!俺たちはこれまで、俺たちなりに頑張ってルーを守ってきたつもりだぜ」
俺だけの力じゃ足りなかった、それは認める。けど、ブーバーやゴース、ルエノたち、アグアたちの協力のおかげでここまでルーと旅をしてこれたんだ。ルーが俺たちと一緒に旅をしたいと思ってくれている間は、叶えてやりたい。一緒に色んなものを見たい。
そんな気持ちをスイクンに伝えたくて口を開こうとしたら、また頭に声が響いた。
― お前たちは、この方に信用されていない ―
心臓がどくんと大きく動いた。
― 何も、知らないのだろう? ―
ルーのことだとすぐにわかった。ほとんど自分のことを語らないルーのことを、これまで何度も気にしてきた。でも無理やり聞くなんてことしたくなかったし、ルーが自然と話すまで待とうと俺は思っていた。それをそんな風に言われて、少しだけ不安が心で渦を巻く。
スイクンに触れたままのルーは俯いてしまっていた。
「僕が知らないのは道理だが…リオ、どうなんだ」
アグアが腕を組んで俺に視線を向ける。
「確かに、知らないことだらけだけどっ…俺はルーを信じてる!」
それは確かに本心だ。もしも、ルーが本当に俺のことをまだ信用してくれてないんだとしたら…それこそ、信じ続けないとだめだ。ルーが安心して俺を信用できるように。
俺の言葉に顔を上げたルーは俺のほうを向いて、小さく口を動かした。なんて言ったのかは聞こえなかったけど、さっきまでのどこか悲しそうな表情ではなくなったと思う。
― ならば力を示せ! ―
やっぱり戦いは避けられないみたいだ。スイクンがルーの手から顔を遠ざけ、体ごと俺のほうを向いた。数歩下がったルーのところにカノンとサニーゴが駆け寄って、腕を掴み引きずるようにスイクンからルーを遠ざける。
「言っておくけど、ルーを守るのは俺だけの力じゃない!後悔するなよ!」
アグアが俺の隣まで来て、目を合わせて頷き合う。俺たちの前にはゴースとヘイガニがスイクンと向かい合って構えた。先程とは状況が違う、目的がはっきりとしたバトルにようやくしっかり頭が回りだす。
スイクンが来いと言わんばかりに口からもの凄い勢いの水を放射させ、それを避ける形でゴースとヘイガニが攻撃を仕掛け始めた。
「ヘイガニ、はたきおとす!」
高々飛び上がったヘイガニがスイクンに向かってハサミを振り下ろすが、それをふわりと避けられハサミが当たった地面から砂が舞う。
「ゴース、しっぺがえしだ!」
避けたことで隙が生まれたスイクンにゴースが技を放てば、少し怯んだようにスイクンが数回足踏みをした。しかしすぐに鋭い目つきで二匹を睨んだスイクンは口から虹色の技を二匹に向かって放つ。砂浜にヘイガニが技を受け止め踏ん張った直線の跡が出来、大丈夫だと言わんばかりにヘイガニが一鳴きした。
「シャドーボール!」
ゴースがいくつもシャドーボールを生み出して一斉にスイクンに向かって降らせる。当たらなかったシャドーボールが砂を舞い上げてしまい、少し視界が悪くなったところからスイクンがヘイガニに向かって突進してきた。波打ち際まで飛ばされたヘイガニに更に追い打ちのように息を吸い込んだスイクンはまた虹色の技を一直線に放つ。
「ヘイガニ!」
ゴースが技を放っても間に合わない距離。アグアが名前を呼ぶが避けられる気配がなく、スイクンの技が波打ち際で大きな水柱を上げた。
その瞬間、水柱からトゲのようなものがいくつもスイクンに向かって飛び出してきた。思わぬ攻撃にスイクンも避けられず当たり、飛び退くように後ろに下がる。
水柱がおさまれば、驚いた顔をしたヘイガニの目の前にピンクのポケモンがどこか誇らしげに佇んでいた。
「さ、サニーゴ…!?」
俺もヘイガニのように驚いた顔になってしまった。隣に誰かが近付く気配がしてそっちを向けば、ルーと手を繋いでいるカノンがいた。
「この子守るの…あなたの力だけじゃないんでしょ」 
斜め下の地面を見ながらそう言ったカノンはどこか恥ずかしそうで、サニーゴはヘイガニの背中を押して砂浜に上がってきた。
「サニーゴが怪我をするかもしれないが」
念を押すようにアグアがそう言えば、手を繋いだままのルーをちらりと見てすぐに視線を逸らしたカノンが小さく呟いた。
「か、勝手に友達になったのは、この子だし…カノンも好きにする」
「そっか、ありがとな!」
「サニッ」
サニーゴも嬉しそうに一鳴きして、俺たちはまたスイクンと向かい合った。
こちらの戦力が増えたのにスイクンは対して興味がなさそうな顔をしていて、変わらず闘志が目に見えるようだ。
そんなスイクンがしっかりと地に足をつけると、ぶわりとたてがみを揺らし力を溜め始めた。スイクンの周りがきらきらと輝いて見えるのは小さな水滴がたくさん浮かんでいるからだろうか。揺らめいていた尻尾がぴたりと静止し、スイクンが閉じていた目を見開いた瞬間。何もないところからたくさんの水柱が噴き出して俺たちの目前に迫った。
「バブルこうせん!」
「シャドーボールだ!」
「げんしのちからよ!」
ポケモンたちの力を合わせてスイクンの技に応える。この技を乗り切ればきっと、スイクンが認めてくれると信じて。三匹の力を合わせても衰えない勢いと威力に押され気味になったその時だった。
「エレキボール!ほのおのうず!」
威勢のいい聞き慣れた声と共に、俺たちの後ろから技が飛び込んできた。それが合わさってようやく打ち消されたスイクンの技に、辺りに水蒸気が漂う。後ろを振り向いた途端何かに抱き付かれて倒れそうになるけど、抱き付いてきたブーバーがしっかりと俺を抱えていて倒れることはなかった。どこか興奮した様子のブーバーにしっかりと肩を掴まれ体のあちこちを見られた。
「ブ、ブーバー、俺なら大丈夫だぜっ」
そう言って笑いかければブーバーはどこか安心したように息をついた。
「ちょっと、どういう状況よこれ」
ゆっくり歩いてきたルエノはどこか呆れたような表情をしていたけど、喋る息が荒くてここまで走ってきたのがすぐにわかった。
「えーっと…長くなるから後で話すぜ」
「まぁいいけど。それで、あちらさんはどうするの?」
あちらさんとルエノが見たのは勿論スイクンのほうで、俺もブーバーにくっつかれたままそっちを見る。するとどうだろう、先程までの闘志むき出しの感じではなくなっていて、静かにそこに佇んでいた。
「わかってくれたのかな」
「どうだろうな」
「聞いて、みる…」
カノンの手を離してルーがスイクンのほうに歩いていく。それを見たルエノがぎょっとして止めようと手を伸ばしかけたのをアグアが制したのが見えた。
「ちょっと、危ないんじゃ…」
「大丈夫なんだ、そこらへんも後で話すからさ」
ルエノが首を横に振り、真剣な目で口を開く。
「もう一つ危険があるかもしれないのよ。なんで私たちが急いでここに来たと…」
ルエノが喋っているその時だった。突然スイクンが海とは逆の森の方に目をやれば、一鳴きし近くに来ていたルーに向かって飛び掛かった。
「ルーッ!」
「何をっ…!」
その途端、森から何かが飛んできてルーの目の前にいたスイクンにぶつかる。それは見覚えのある赤い光でスイクンの体を包み、丸い形の機械へとその姿を吸い込んでしまった。
「そん、な…きゃあ…!」
スイクンが入ったモンスターボールをしゃがんで手に取ったルーの周りに大きな風が巻き起こる。風で舞い上がる砂が目に入らないように腕で壁をつくり空を見上げれば、その風の原因がいた。暖かい夕日のような色の体とは正反対の冷たい瞳は俺たちを見下ろしていて、そのポケモンの背中に乗っている人物は白衣をふわりと揺らしてルーの隣へと降り立った。
「予想外デスが…まぁ、いいデス」
「やめて、離して…!」
「モココ、でんきショック!」
「モコー!」
突然現れたラノとリザードン。驚きを隠せない俺たちとは裏腹に冷静に指示を出したルエノに、モココはルーの腕を掴んだラノの足元に向かって技を放った。しかしリザードンが振り下ろした尻尾に阻まれ、届く前にかき消されてしまう。
「くそっルーを離せ!ブーバー!」
ブーバーがぐっと足を踏み込みリザードンに突進していく。するとラノがモンスターボールを投げて、ブーバーの前にギャロップが立ちふさがった。
「目的は果たしましたデス」
にこりと笑顔を浮かべたラノは腕にルーを抱いてリザードンの背中に飛び乗った。
「させるか!」
ヘイガニがハサミからたくさんの泡を放ち攻撃を試みるが、ギャロップが地面に大きな炎を放ちそれにぶつかり消されてしまった。その炎の大きさ、威力にアグアとルエノが息をのんだ。
「前より、強くなってる…?」
「ヘイガニの技がこんな簡単に…」
「ブーバー、ほのおのうずだ!」
大きく息を吸い込んだブーバーが大きな炎の渦を負けじと放つ。しかしギャロップはそれに臆することなくブーバーの炎を突き破って突進してきた。それを正面から受けたブーバーは吹き飛ぶが、すぐに態勢を整えた。
そうこうしているうちにリザードンが翼を広げ、空に羽ばたき始めてしまう。
「サニーゴ、行かせないで!」
カノンがそう言うとサニーゴがリザードンに向けていくつものトゲを飛ばし始める。少し声をあげたリザードンだったが、次から次へと飛んでくるトゲを自分に届く前に口から吐き出す炎で燃やしてしまった。
「やめてっ、離してっ」
「お先に失礼するデスよ」
「ルーッ!」
「リオッ…!」
上空で伸ばされたルーの腕。掴んでやりたいのに到底届くはずもなく。ラノとルーを乗せたリザードンは、俺たちを一度見下ろすと森のほうへと飛んでいった。
その間にもルエノとアグアは前よりもはっきりわかるほどに強くなっているギャロップと戦っていた。相性的に有利なはずのヘイガニが苦戦している。
「くっそ…!ブーバー、ほのおのパンチ!」
とにかく早くこの戦いを切り抜けて追わないと。その思いでいっぱいでブーバーに指示を出した。拳に炎を纏いギャロップに突進したブーバーだったが軽く避けられ、硬い蹄の足で蹴られてしまう。
「リオ、冷静になれ!」
アグアにそう言われてハッとし、両手で頬を叩いた。ふとアグアのほうを見れば、いつものように軽く下ろしているように見える腕の先で硬く拳が握られているのが見えた。悔しいのは、俺だけじゃないんだ。
頭の中に俺たちを試したスイクンの言葉が蘇って仕方ない。
「…そうよ、冷静になって」
意外にも、ルエノも冷静な声をしていた。あまりに落ち着いている声に違和感しか覚えなかった。
「リオ、一瞬でいいから隙をつくって。アグアはヘイガニの特性を活かすの。そうすれば大きな隙が出来て、モココで大きなダメージ与えるチャンスがつくれるから」
「…あぁ」
「ふん、仕方ない」
短く作戦会議を済ませば、各々動き出す。俺はブーバーの肩を叩いて気合いを入れた。
「頼むぜ、ブーバー!スモッグ!」
「ブーバ!」
ギャロップの近くまで駆け込んだブーバーが口から真っ黒の煙を吐き出す。それはすぐにギャロップの姿を覆い隠したが、風を切るような音がした途端一気に煙が晴れる。そして現れたギャロップの尻尾には、しっかりとヘイガニがハサミを使って掴まっていた。そんなヘイガニを振り落とそうとギャロップがその場で暴れるが、ヘイガニが振り落とされる気配はない。
「ヘイガニは…そのハサミで捕まえたものは絶対に放さない」
「モココ!今よ!」
「モコーッ!」
体に帯電して待っていたモココは溜め込んだエネルギーを一つに纏め一気に放つ。それはヘイガニを振り落とそうとしていたギャロップに綺麗に突っ込み、ギャロップは少し苦しそうな声を上げた。ヘイガニはというと当たる寸前でハサミを離していて、少し離れたところで綺麗に着地を決めていた。
モココの技でダメージを負ったギャロップは数回首を振ると、小さく鳴いて森の中へと駆けこんで行ってしまった。
「よしっ…!」
早く追わないと、ルーがきっと待っているはずだ。そう思って何も確認せず走り出そうとしたら何かに躓いて顔面から砂に突っ込んだ。
何事かと驚いて見上げれば、どうやら俺が躓いたのはルエノの足で。わざと伸ばしていたであろう足をもう片方の足と並べると、ルエノはどこか呆れたような表情をして俺を見ていた。
「冷静になれって言ったでしょ」
「でも、ルーが!」
「私、不審者がタンバに来てて、ここに向かってるって聞いたの。だからここに駆け付けたのよ。でも…間に合ったのにダメだった、ごめんなさい」
「謝っている場合か。早く追いかけないとどこに行ったかわからなくなるぞ」
起き上がり砂を叩き落とす。アグアも早く行動に移りたいのか腕を組んでイライラしたようにルエノを見ている。すると、ルエノが少し視線を泳がせて、大きなため息をついた。
「…私、わかるわ。どこに向かったのか」
「っえ!?」
「だから、少し落ち着いて。落ち着いてもらわなきゃ、話すことも話せないじゃない」
そう言い放つと、リザードンが消えていったほうを呆然と見上げていたカノンとサニーゴにルエノは駆け寄った。
「あなた、カノンね」
「そ、そうだけど…あの子、どこへ連れていかれたの…?」
ルーのことを心配してくれているんだろうか、泣きそうな顔でルエノを見上げたカノンにルエノは笑顔で首を横に振った。
「あなたのことはこれ以上巻き込めない、そうでしょ?」
俺たちに確認するように振り向いたルエノに頷いた。成りゆきで一緒に戦ってくれたカノンとサニーゴ。嬉しかったし心強かったけど、これ以上危険な目に合わせるのは申し訳なく感じた。
「君はタンバに戻るといい。必ずマルルーモを助けて、また君に会わせると約束しよう」
「…うん。カノン、待ってるからね」
アグアの言葉に頷いたカノンはそっとサニーゴの頭を撫でて、二人でタンバのほうに歩き出した。その後ろ姿を見送ってから、俺とアグアは後ろでモココの頭を撫でていたルエノのほうを見る。
「それで…」
「リオ、覚えてる?牧場で言ったこと」
「誰にも、打ち明けたことのないこと?」
「そう、それ」
しっかり覚えているルエノとの約束。ルエノが打ち明けようと決心したあの夜、俺はルエノが話してくれるときがきたらちゃんと聞くという約束。
モココの頭を撫でていた手を止めてしっかりと立ち俺たちと向き合ったルエノの目には、覚悟が見えた気がした。
「今、話すわ。時間の無駄にはしない…この話は、ルーを助ける鍵になる話だから」
海から吹き込む爽やかな風が、俺にも決意させるように耳飾を揺らし頬を撫でた。





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